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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月8日
  • 読了時間: 3分

更新日:7月9日

 ドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』がYouTubeにて無料公開。

 前にもゲリラ投稿ならあった。

 初公開の87年に渋谷のミニシアター「ユーロスペース」で観たけど、大変な賑わいだった。 絶対に受けるけれど内容が内容なので配給会社が尻込みして単館上映になったらしい。

 この当時ユーロスペースは、よくホラー映画を上映していた。そのうちスチーブンキング原作・デビットクローネンバーグ監督の『デッドゾーン』を観た時に予告編を上映していて知った。



 そして映画館での笑いが話題だった。

 戦争体験の怨念から天皇誕生日に皇居に押しかけるなどの過激な行動を止めて欲しいから、警官が煽てて「先生」と呼んだり、結婚式の媒酌人をしたさい、かつて新郎が学生運動で火炎瓶を投げて逮捕された過去のあることを堂々と紹介し「この結婚式は晩酌人と花婿が共に反体制活動をした前科者であるがゆえに成立した類稀なる結婚式でございます」とトンデモな挨拶をしたり。それで観客が笑っていた。


 後にビデオでうちの母親に見せた。

 「 おじいちゃんに見せたら気が狂う」と言った。戦争に行った体験があり、例の人肉食の話は、自分では認めてないけど、多分そうじゃないかと親戚中から言われてたからだ。公開当時この映画を観た手塚治虫も、自分の父親が戦地に行った時の体験を話すさい、肉を食べたという話に、どうもひっかかったと言っていた。

 また、機会があって当時は朝日新聞の記者だって本多勝一さんに『ゆきゆきて、神軍』をどう思うか と訊いたら対談で触れたと言うので、それを読んだ。観て面白かったんだけど、歴史修正主義者が戦争美化するんじゃなく、当事者が恥じて隠すという図式がよくわかる、ということだった。


 あの映画は原一男監督の才能によって面白い。

 そこを勘違いするなと言う人もいる。主人公の奥崎謙三はあくまで奇人変人だから。それを言ったら、次の映画『全身小説家』の主人公である井上光晴にも同じことが言えるし、それ以上に、もっと後の映画『れいわ一揆』の主人公である東大のエドウッド先生にも言えるのではないか。



 ところで夜店の射的ゲームでファシストを撃つのが如何かという議論があった。

 このことで、関与した党員のことから共産党が声明を出すまでの騒動になったけれど、そしたら動画サイトで『ゆきゆきて神軍』が話題というタイミングである。

 あの奥崎謙三が騒動を起こした事件とは、皇居の一般参賀で防弾ガラスの向こう側の裕仁天皇にゴムパチンコを撃ちながら戦死した戦友の名を叫んだから、テロではなく抗議行動になったと映画公開当時に言われた。

 だから、あの射的もパチンコにすれば良かった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月7日
  • 読了時間: 2分

 「ポッチ 飯」と呼ばれる行為がある。

 これは学校などで、一人ぼっちで弁当を食べることだ。いじめられっ子が、とうとう弁当を食べる場所がなくなってのこと。

 時には、とうてい食事の場所ではない便所の個室で食って、それでもまだ独りぼっちの方がいい、ということだ。


 似たようなことが会社である。

 上司と一緒に食う飯は不味いから、 安くて粗悪でも独りで食うほうまだ美味いということだ。それで、例え高級焼肉を上司が奢ってくれても、まだ吉野家の牛丼を独りで食べる方がいいということになる。

 しかし、高級焼肉と吉牛では、料理の美味しさの絶対値に差がありすぎるから、どんな条件下でも、高級焼肉の方が吉牛なんかよりはるかに美味しい。

 そもそも牛丼なんてジャンクフードである。

 これは、米国人が食べないクズ肉を薄く切って素材本来の味と食感を誤魔化す為に化学調味料で煮込み濃い味で一瞬美味しく感じる料理という日本人の発明である。しかも、どぎつい色まで付いた紅しょうがを乗せる。

 これではパワハラ上司100人より不健康だ。身体に対して精神的ではなく物理的に直接の打撃がある。


 中国人も韓国人も言う。

 よく日本人が自分で言う、日本人の味覚は繊細なる主張は意味不明だ、と。 甘辛い味付けなんて繊細でもなんでもないのだから。これは本来の味を打ち消すものだ。

 おそらく貧困が原因だ。例えば敗戦直後の混乱の時期にあったことだが、米軍基地の残飯を譲り受けて、そこからまだ食べられそうなものを「ごった煮」にして濃い味をつけて、一旦廃棄物として集積されているから使用済みコンドームまで混ざっていたことがあった、なんてもので空腹をしのいだ。そうした貧困から生じた食事だろう。


 いつになったら日本人は目を覚ますのだろうか。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月4日
  • 読了時間: 2分

 日本国旗の損壊行為処罰法案は衆院本会議で与党の賛成多数で可決。

 この法案に慎重姿勢を示してきた自民の岩屋毅前外相は採決を前に退席した。国旗を尊重する気持ちは自然な形で育まれるべきものであって、刑罰で強制するものではない、ということだ。

 これに同感だから一緒に退席したかった自民党の議員もいたはずだが、入閣などで割を食うのを恐れてしまったのだろう。




 かつて右翼民族派の鈴木邦男氏が言っていた。


 「ぼくは右翼として、多分、誰よりも日の丸を掲げ、君が代を歌ってきたと思います。僕より日の丸を掲揚した人がいたら教えてほしい」



 「その僕が言うんだけどね。愛国心を法律で決めたら絶対にダメだ。 愛とは、自然に湧き上がるものだ。僕は、日の丸を掲げたいからやってるんだ。嫌いな人は嫌いでいい。愛したい人が愛せばいい。愛国心を法律で定めたとたん、 それは愛ではなく義務になる。僕の愛国心は、法律で定められているからではない」

 「僕は右翼として、日の丸についての法制度には断固反対します」


 また、彼は影響を受けた三島由紀夫の発言も紹介していた。



 かつて三島由紀夫は、朝日新聞に投稿した文で「愛国心という言葉が好きになれない」と述べていた。


 「愛国心という言葉に、政治的な意味から神経質になる人がいるけれど、それとは違い、言葉に温もりが感じられないのだ。官製の臭いがする」


 また、愛国党という右翼団体をやっていた赤尾敏の発言も紹介していた。



 もしかすると、もっと国旗を掲揚していたのではないかと思われる彼も、日の丸・君が代は大好きだけど強制には反対していた。


 「政治家の仕事は、国民に国旗を掲げて国歌を唄えと命令することじゃない。国民が国旗を掲げて国歌を唄いたくなる国にするのが政治家の仕事だ」


 なるほど、この件では、保守派や右派による自民党批判が核心を突いている。

 
 
 
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