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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月25日
  • 読了時間: 3分

 大学で世話になった教授が言っていた。

 かつて彼は入試の選考委員をしていたが、そのさい書類選考の段階で全部落とした推薦入学があった。それはボランティア活動をしていたというのを売りにしたものだった。そもそも推薦入学にボランティア活動を入れるのには反対だった。何かの売りにするものではないはずだから。

 そしたら案の定であった。そのボランティア活動と言ってはいるものが総て、何時何処に集まって何かするという動員されたものだったから、それではボランティアではない。

 そして、その何時何処に集まってすることのほとんどが「ゴミ拾い」だった。地域社会の小集団で、よく行われる。


 善行とは、自らの徳を積むためにすることだ。

 特に日本人の美徳とされるのは、自らの意志で個人的に目立たずにやる隠れた善行であった。それを、評価されようとするから推薦入学の売りにする。そうなると美徳ではないし、それ以前に自発的ではないからボランティアでもない。

 あの、サッカースタジアムで観客席のゴミ拾いは、同じロゴやスローガンの付いた袋に入れて見せていたし、その後のゴミ処分がちゃんとしてなかったので実は迷惑行為だった、という写真が話題になっていた。

 だから外国人から、日本人は人目があるところで良いことをやりたがるから、ゴミのマナーにしても見られていないとひどいものだと指摘されたり、その目撃談が語られたりだった。



 日本人は、昔から公衆道徳が優良だと言う人たちがいる。

 それで自発的にゴミ拾いするのだ、というけれど最初から散らかさないようにするのではなく後から拾って見せている、という議論もある。

 では、事実はどうか。もともと日本人は、ゴミを所かまわず投げ捨てるポイ捨てが普通だったので「ノーポイ」運動で美化とマナーを呼びかけた。これは美化に熱心だったシンガポールなどを見習うべきだと70年代に言われてからだ。その効果はなかなか現れず、街でも観光地でも、ある程度の反映が見られるようになるまで何十年もかかっていたのが実態である。

 それなのに、サッカーをネタに日本人は昔から元々マナーが良いとか言ってるのは、昔を知らない若い人たちを騙してるのだ。


 また、シンガポールは美化に加えて緑化にも熱心である。

 これに対して日本は真逆である。特に東京と大阪は木を切り倒してばかりで、都民・府民から批判されても一部大企業の利権しか考えないから破壊が止まらない。日本は諸外国から良いお手本どころか悪い見本になってしまっている。

 これだから、「選手の性暴力をうやむやに旭日旗ふって応援するサポーターの特技はゴミ拾い」と皮肉られる。それでも、国旗ではなく軍艦旗をふるなんてスポーツの応援に相応しくないと批判されようとお構いなし、日本は昔から道徳が世界一と信じる、という似非愛国者たちがいて、この愛国ごっこ遊びしてる人たちのことは、見ていて日本人こそ恥ずかしい。


 あれではサポーターではなくフーリガンではないか。

 というよりフーリガンだと思われないよう色々と気を使わないといけないファンが一部にいるからではないか。

 それで、もしかしたら、やむを得ずやっているのかもしれない。

 
 
 

更新日:5月29日

 酒乱でDVの読売ジャイアンツ監督の騒動。

 こんな退任は球団が始まってから初めてのことだそうだが、もともとこの阿部慎之助監督は家庭内暴力や不倫などで困った人だったから、それなのによく監督にしたものだと不可解がられている。

 しかも、内容からしていかにも読売ジャイアンツの側で強いて被害者に書かせたとしか思えない免罪の手紙を記者会見で読んだから、体面を取り繕うのに必死なのが良く解る。



 ところが阿部慎之助監督を擁護する人たちがいる。

 そして、暴力行為の被害者である実娘を責めたり、その相談を受けて警察に通報した児童相談所を攻撃するから、これでは今後に被害者が相談を躊躇うことにつながると危惧されている。

 このような暴力行為を不問にしているファンの人達は、自分の楽しみのことしか考えてないないということだ。サッカーでも似たようなことがあった。

 つまり、日本語のプロスポーツ興業は、闘犬や闘鶏と同じで、野球やサッカーの選手は土佐犬や軍鶏(シャモ)と同じに看做されていて、人間のやることすなわちスポーツマンではないということだ。


 また、娘をバカだと言う人達がいる。

 このことにより父親が失脚したから、もういい暮らし出来なくなっちゃって損したと言う人いっぱいいる。けれど、 いくら収入があっても、父親が何度も不倫して、酔って恫喝と暴力をふるってくるような家庭が、いい暮らしなのだろうか。

 こういう価値観は、なにもスポーツを含めた芸能人についてだけのことではない。だから言う人たちがいるのだ。


 医者に雇われた弁護士も、よく裁判で言う。

 とうてい医師にあるまじきことをしでかし悲惨な被害者が出ているのに「このことが表沙汰になって医師としての評判が落ちて収入が減ったら、医師の家族は贅沢できなくなるのだから、追及するなんてとんでもない」と。

 もちろん、次の被害者が出ることに繋がるから、こちらのほうが余程とんでもないことだけれど、ここで家族を持ち出すのはなぜかというと、金で家族をつなぎとめてるだけの男だからだ。

 そして、そんな医師に雇われている弁護士も同類項だから、それを言うのだ。それが正しいと信じ込んでいるのだ。「功成り名遂げ」た人達やセレブを志向したり気取っていたりの人達には、この傾向がある。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年8月30日
  • 読了時間: 3分

 野球部の暴力と隠蔽により中途で出場辞退した高校が今年の甲子園大会最大の話題だった。

 そして主催者の朝日新聞に、高校野球への批判が掲載された。異例のことだが、これまで散々に言われてきたのを無視してきたけれど、遂に無視は不可能となったのだろう。

 その批判は次のような趣旨だった。


 高校野球ビジネスはメディアが深く関わる結果、追及を免れてきた側面がある。猛暑下の開催、スポーツ医学を軽視した虐待的な投手の球数、不確定性の高い種目に不向きなトーナメント、強いストレスをかける一発勝負…それはスポーツとして時代遅れ、教育としてもデタラメだ。



 


 過去の朝日新聞としては極めて稀な例外があった。

 それは80年代後半に掲載された本多勝一編集委員(編集委員とは当時あった役職で、この肩書が付いたら『スター記者』と言われた。今は編集委員制度もスター記者も無い)の署名記事で、スポーツ医学に詳しい医師へインタビューし、少年野球が未成年者に無理な投球をさせて身体を壊している実態を告発していた。よく載せてもらえたものだと思う内容だった。それくらいタブーだったのだ。


 甲子園球児はジャニーズのアイドルと同じようなものだ。

 もともと高校野球は、未成年の少年に、心身を蝕むまでの虐待といってもいいほどのことをしていた。そのうえで興行に利用し、これによって大人が商売するのだから。

 まったく、高野連および朝日新聞と毎日新聞のやってることはジャニーズ事務所と変わらない。

 

 日本の新聞が新聞ではない証拠でもある。

 『朝日』が夏の甲子園、『毎日』が春の選抜、『読売』はプロ野球の「巨人」、『産経』もかつてスワローズを、『赤旗』初代編集長で権力に弾圧され転んだ水野成夫により、経営していたから巨人で商売する『読売』の元共産党員の渡辺恒雄と同じ、というように全国紙はみんな愚民化政策の野球で売って記事や論説は二の次だった。 東京新聞は地方紙だけど、中日新聞社に買収されてからドラゴンズ贔屓の誌面である。

 よく、たんに発行部数が多いだけで日本を新聞大国といっていたが、これは日本に新聞が無い証拠である。こんなに部数が多くては八方美人になって独自の報道や論調は不可能である。実際に外国人の記者から、発行部数が多すぎる日本の新聞は新聞じゃないと言われてきた。だから渡辺恒雄は、自分が経営する『読売』は世界最大の一千万部であると自慢したところ、外国人の報道関係者から笑われていた。

 

 ただ、新聞と雑誌は、発行部数が多いと広告料金を高くできる。

 そして新聞社の収益の大半は広告料金である。だから新聞社の宣伝に野球を利用している。記事と論説なんか、どうでもいいくらいだ。

 今では新聞の発行部数が激減してどこも経営難だが、発行部数が少なくなったほうが新聞らしくなるから結構なことなのだ。その方が新聞が生き残れる。新聞の危機なんかじゃなく、新聞社が肥大しすぎた社屋の維持にくだらない苦労をしているだけである。

 そういうことなので、ジャニーズ事務所が無くなれは芸能が少しは健全になるように、新聞社が関与しなければ高校野球も少しは健全になるはずである。

 
 
 
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