- 井上靜

- 6月25日
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大学で世話になった教授が言っていた。
かつて彼は入試の選考委員をしていたが、そのさい書類選考の段階で全部落とした推薦入学があった。それはボランティア活動をしていたというのを売りにしたものだった。そもそも推薦入学にボランティア活動を入れるのには反対だった。何かの売りにするものではないはずだから。
そしたら案の定であった。そのボランティア活動と言ってはいるものが総て、何時何処に集まって何かするという動員されたものだったから、それではボランティアではない。
そして、その何時何処に集まってすることのほとんどが「ゴミ拾い」だった。地域社会の小集団で、よく行われる。
善行とは、自らの徳を積むためにすることだ。
特に日本人の美徳とされるのは、自らの意志で個人的に目立たずにやる隠れた善行であった。それを、評価されようとするから推薦入学の売りにする。そうなると美徳ではないし、それ以前に自発的ではないからボランティアでもない。
あの、サッカースタジアムで観客席のゴミ拾いは、同じロゴやスローガンの付いた袋に入れて見せていたし、その後のゴミ処分がちゃんとしてなかったので実は迷惑行為だった、という写真が話題になっていた。
だから外国人から、日本人は人目があるところで良いことをやりたがるから、ゴミのマナーにしても見られていないとひどいものだと指摘されたり、その目撃談が語られたりだった。

日本人は、昔から公衆道徳が優良だと言う人たちがいる。
それで自発的にゴミ拾いするのだ、というけれど最初から散らかさないようにするのではなく後から拾って見せている、という議論もある。
では、事実はどうか。もともと日本人は、ゴミを所かまわず投げ捨てるポイ捨てが普通だったので「ノーポイ」運動で美化とマナーを呼びかけた。これは美化に熱心だったシンガポールなどを見習うべきだと70年代に言われてからだ。その効果はなかなか現れず、街でも観光地でも、ある程度の反映が見られるようになるまで何十年もかかっていたのが実態である。
それなのに、サッカーをネタに日本人は昔から元々マナーが良いとか言ってるのは、昔を知らない若い人たちを騙してるのだ。
また、シンガポールは美化に加えて緑化にも熱心である。
これに対して日本は真逆である。特に東京と大阪は木を切り倒してばかりで、都民・府民から批判されても一部大企業の利権しか考えないから破壊が止まらない。日本は諸外国から良いお手本どころか悪い見本になってしまっている。
これだから、「選手の性暴力をうやむやに旭日旗ふって応援するサポーターの特技はゴミ拾い」と皮肉られる。それでも、国旗ではなく軍艦旗をふるなんてスポーツの応援に相応しくないと批判されようとお構いなし、日本は昔から道徳が世界一と信じる、という似非愛国者たちがいて、この愛国ごっこ遊びしてる人たちのことは、見ていて日本人こそ恥ずかしい。
あれではサポーターではなくフーリガンではないか。
というよりフーリガンだと思われないよう色々と気を使わないといけないファンが一部にいるからではないか。
それで、もしかしたら、やむを得ずやっているのかもしれない。


