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​炬火 Die Fackel 

更新日:5月29日

 酒乱でDVの読売ジャイアンツ監督の騒動。

 こんな退任は球団が始まってから初めてのことだそうだが、もともとこの阿部慎之助監督は家庭内暴力や不倫などで困った人だったから、それなのによく監督にしたものだと不可解がられている。

 しかも、内容からしていかにも読売ジャイアンツの側で強いて被害者に書かせたとしか思えない免罪の手紙を記者会見で読んだから、体面を取り繕うのに必死なのが良く解る。



 ところが阿部慎之助監督を擁護する人たちがいる。

 そして、暴力行為の被害者である実娘を責めたり、その相談を受けて警察に通報した児童相談所を攻撃するから、これでは今後に被害者が相談を躊躇うことにつながると危惧されている。

 このような暴力行為を不問にしているファンの人達は、自分の楽しみのことしか考えてないないということだ。サッカーでも似たようなことがあった。

 つまり、日本語のプロスポーツ興業は、闘犬や闘鶏と同じで、野球やサッカーの選手は土佐犬や軍鶏(シャモ)と同じに看做されていて、人間のやることすなわちスポーツマンではないということだ。


 また、娘をバカだと言う人達がいる。

 このことにより父親が失脚したから、もういい暮らし出来なくなっちゃって損したと言う人いっぱいいる。けれど、 いくら収入があっても、父親が何度も不倫して、酔って恫喝と暴力をふるってくるような家庭が、いい暮らしなのだろうか。

 こういう価値観は、なにもスポーツを含めた芸能人についてだけのことではない。だから言う人たちがいるのだ。


 医者に雇われた弁護士も、よく裁判で言う。

 とうてい医師にあるまじきことをしでかし悲惨な被害者が出ているのに「このことが表沙汰になって医師としての評判が落ちて収入が減ったら、医師の家族は贅沢できなくなるのだから、追及するなんてとんでもない」と。

 もちろん、次の被害者が出ることに繋がるから、こちらのほうが余程とんでもないことだけれど、ここで家族を持ち出すのはなぜかというと、金で家族をつなぎとめてるだけの男だからだ。

 そして、そんな医師に雇われている弁護士も同類項だから、それを言うのだ。それが正しいと信じ込んでいるのだ。「功成り名遂げ」た人達やセレブを志向したり気取っていたりの人達には、この傾向がある。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年8月30日
  • 読了時間: 3分

 野球部の暴力と隠蔽により中途で出場辞退した高校が今年の甲子園大会最大の話題だった。

 そして主催者の朝日新聞に、高校野球への批判が掲載された。異例のことだが、これまで散々に言われてきたのを無視してきたけれど、遂に無視は不可能となったのだろう。

 その批判は次のような趣旨だった。


 高校野球ビジネスはメディアが深く関わる結果、追及を免れてきた側面がある。猛暑下の開催、スポーツ医学を軽視した虐待的な投手の球数、不確定性の高い種目に不向きなトーナメント、強いストレスをかける一発勝負…それはスポーツとして時代遅れ、教育としてもデタラメだ。



 


 過去の朝日新聞としては極めて稀な例外があった。

 それは80年代後半に掲載された本多勝一編集委員(編集委員とは当時あった役職で、この肩書が付いたら『スター記者』と言われた。今は編集委員制度もスター記者も無い)の署名記事で、スポーツ医学に詳しい医師へインタビューし、少年野球が未成年者に無理な投球をさせて身体を壊している実態を告発していた。よく載せてもらえたものだと思う内容だった。それくらいタブーだったのだ。


 甲子園球児はジャニーズのアイドルと同じようなものだ。

 もともと高校野球は、未成年の少年に、心身を蝕むまでの虐待といってもいいほどのことをしていた。そのうえで興行に利用し、これによって大人が商売するのだから。

 まったく、高野連および朝日新聞と毎日新聞のやってることはジャニーズ事務所と変わらない。

 

 日本の新聞が新聞ではない証拠でもある。

 『朝日』が夏の甲子園、『毎日』が春の選抜、『読売』はプロ野球の「巨人」、『産経』もかつてスワローズを、『赤旗』初代編集長で権力に弾圧され転んだ水野成夫により、経営していたから巨人で商売する『読売』の元共産党員の渡辺恒雄と同じ、というように全国紙はみんな愚民化政策の野球で売って記事や論説は二の次だった。 東京新聞は地方紙だけど、中日新聞社に買収されてからドラゴンズ贔屓の誌面である。

 よく、たんに発行部数が多いだけで日本を新聞大国といっていたが、これは日本に新聞が無い証拠である。こんなに部数が多くては八方美人になって独自の報道や論調は不可能である。実際に外国人の記者から、発行部数が多すぎる日本の新聞は新聞じゃないと言われてきた。だから渡辺恒雄は、自分が経営する『読売』は世界最大の一千万部であると自慢したところ、外国人の報道関係者から笑われていた。

 

 ただ、新聞と雑誌は、発行部数が多いと広告料金を高くできる。

 そして新聞社の収益の大半は広告料金である。だから新聞社の宣伝に野球を利用している。記事と論説なんか、どうでもいいくらいだ。

 今では新聞の発行部数が激減してどこも経営難だが、発行部数が少なくなったほうが新聞らしくなるから結構なことなのだ。その方が新聞が生き残れる。新聞の危機なんかじゃなく、新聞社が肥大しすぎた社屋の維持にくだらない苦労をしているだけである。

 そういうことなので、ジャニーズ事務所が無くなれは芸能が少しは健全になるように、新聞社が関与しなければ高校野球も少しは健全になるはずである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年8月11日
  • 読了時間: 3分

 広陵高校野球場の暴力と隠蔽が指弾された。

 部内で悪質な暴力があり、その被害に遭った生徒は転校したが、そんな不祥事があったとなれば甲子園大会に出場できなくなってしまうから、それなのに泣き寝入りせず表沙汰にするなんて生徒も保護者もとんでもないと言って野球部の監督が脅したという。

 このため、広陵高校に対して試合後の握手を拒否した対戦相手の選手もいた。



 これを元プロ野球の広岡達朗(93)が擁護した。

 かなり酷い不祥事とその隠蔽という最悪の行為があった野球部に、それでも出場辞退する必要が無いとし、握手の拒否をやってはならないことだと非難した。そんなスポーツマンらしくない者と握手はもちろん試合もしたくないのが当たり前だから出場辞退するのに、それを解ってない老害発言だと広岡に批判が起きている。時代に取り残された老人は黙ってろ、と。

 かつて管理野球で知られた広岡だが、礼儀は大事だと言って試合中の野次も選手に戒めていたけれど、暴力には甘いということで、これも昭和の価値観ということだろうか。


 そもそも野球を子供にやらせるのが悪い。

 そう言ったのは自分も関わる地元のサッカークラブの役員の男性である。まず、野球は身体を左右不均衡に酷使するから競技そのものが健康に悪いし、そのうえ今どき丸刈り強制などなど野球部には古臭い運動部の体質が残っているのだから、虐めや暴力があって当たり前。だから、そんなものを子供にやらせるのが悪い。

 もう日本中の学校から野球部を無くしてしまえとまで言うと現実的か疑問だが、広陵高校のようなことが発覚したら廃部にして、そうでない野球部だけで健全にやるべきだとは確実に言える。


 高校野球を興業にして利用する新聞社も悪い。

 これはずっと前から言われてきたことだ。夏の甲子園大会と春の選抜、それにプロ野球の巨人。『朝日』『毎日』『読売』の三大全国紙が、野球を利用している。

 これは、日本人に新聞の存在が向いてないからだ。発行部数が異常に多いことが何よりの証拠である。日本の新聞は発行部数が世界一多いけれど、これじゃ新聞じゃないと外国人が言う。そんなに発行部数が多いと、独自の報道や論調が不可能だから。

 しかも、売るために八方美人しているのではなく、横並びで同じ内容を日本人が好むからだ。これでは何よりまず読んでも面白くない。だから新聞が野球に熱心なのだ。論調ではなく地元の応援で競うだけの野球ならお手軽だ。

 だから、もともと報道として不健全だった新聞と、もともとスポーツとして不健全だった野球が、どちらも愛想を尽かされてきたということだ。

 
 
 
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