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​炬火 Die Fackel 

更新日:4月17日

 自民党大会と自衛隊音楽隊の問題。

 もちろん鶇真衣三等陸曹が自民党大会で国歌を歌った件である。自衛隊法の第61条で政治的行為への関与を禁止が規定されていて、これをうけて陸上自衛隊の第14音楽隊HPにある依頼ページでも、政治的活動に関与する恐れのある場合は「依頼を受けることができません」と記載されている。

 しかしこの三等陸曹は自民党と密接な右翼団体が主催する政治的な集会にも出演していたことが、これを期に指摘されている。



 かつて拙書で、この問題には触れている。

 防衛医大の場合は: ドキュメント医療裁判 https://amzn.asia/d/0gDWk513 #Amazon 

@Amazonで述べたことだが、交響楽団のオーディションに落ちて自衛隊音楽隊に入ったら新聞を産経に変えた人とか、自衛隊はなんでも政治的に中立であるべきなのに実態は違う。これが自民党大会で露呈したということ。

 また、非常識な外科手術で手が動かなくなり芸大受験が出来なくなった被害の国賠訴訟で、防衛医大の関係者らは「どうせ大した才能じゃなかった」「どんな才能もメスでチョンだから医者って凄いなあ」「所詮は芸人すなわち河原乞食になり損なっただけ。そんなことで社会的地位の高い医師が責任を問われる筋合いはない」などなど嘲笑と居直りだった。


 しかし国立〜洗足〜自衛隊音楽隊、というのが御愛嬌だ。

 知り合いの女性で自衛隊音楽隊に入った人が「トーホーでもキリトモじゃないから」と言っていたのを思い出す。

 これは実際、私立の音楽大学の中には、音大なんて卒業しても就職が無いと言われるけれど 自衛隊がありますよ と 入試要項で謳っている所がある。音楽隊の制服を来た卒業生の写真が載っていたり。

 なるほど、これだから防衛医大は「川原乞食」と言ったのだろう。


 それはともかく、自衛隊の音楽隊員が制服を着て演奏をしても、公的な行事なら問題ない。

 けれど、自民党の行事だったわけだ。演奏したのがどんな唄でも関係ないし、唄であるかどうかも関係ない。なんであれ出演したことが法律違反になる。政府ではなく一政党なのだから。

 ところが、自民党も自衛隊も、党イコール国だと思っているわけだ。これが中国のように、中国共産党が政権与党となって他党は別の仕事をするから議席を保障する、という形になるよう憲法で規定されている国であれば、そういう決まりだから違法ではないけれど、日本の政治制度は違う。

 なのに、自民党と自衛隊は党も政府も同一であるという態度だ。


 これは音楽だけの問題じゃ済まない。

 自衛隊は昔から、選挙で合法的に政権交代しても左派の政権ならチリのように武装叛乱で潰すと公言していた。だから危ない。スペインやギリシアでも同じことがあった。市民に対する大虐殺に発展したのだった。自衛隊は、女子供でも容赦なく銃撃する「ヒューマニズムの克服」が必要だと機関紙で説いていたほど。

 そんな自衛隊の、元々の危険な組織体質が露呈した自民党大会だった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年3月30日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年4月4日

 港南ストリートピアノ設置者が顰蹙を買った。

 誰でも弾いてよいピアノで、つっかえてばかりいる人達のため、設置してあるフードコートの客から苦情があるので、練習は自宅でやって、つっかえずに弾けるようになってから来て欲しい、という声明を発表し、それが守られなければピアノを撤去すると言うことだった。

 これでは上手な人たちに無報酬で演奏させたいと言うも同然の図々しい話だから、さっさと撤去したらいいという声が上がっていた。



 長時間の使用は遠慮するように言えば良かった。

 それなら、練習は出来なくなる。また、一曲なら時間は短い。それが真摯であるならヘタクソでも頑張って一曲通して弾けば拍手も起きるはずである。

 これを言ったうえで、弾き始めたら、つっかえてもいいから最後まで弾くよう頑張ってください、途中で止めると聴いている人が中途半端な感じに不快感を持つことが実際にありましたので、どうかよろしく、と。


 練習するピアノは別の問題だ。

 あの高橋悠治さんは、プロの演奏家だけど自宅にピアノが無く、公共の場で練習していることを誇っていた。学校などで、誰でも練習できるよう一緒に開放するべきではないか。

 自分の小さいころ、住んでいた東京都内の街では、近所に芸術家や学者など「文化人」が多く住んでいて、うちのように親の勤め先の社宅住まいでピアノが置けないところの子供が興味を持つと快く使わせてくれたものだ。

 それが埼玉県に引っ越したら、そういうことが出来なくなってしまった。自宅にピアノがある家は、うちの子と他所の子の差をつけたいから、持っていない家の子に使わせてなどくれないのだ。何から何まで「さもしい」土地柄だった。


 港南ストリートピアノの一件も、設置者が「さもしい」感じがする。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年8月15日

 とうていアイドルになれない女の子の醜い話。

 これを前に話題にしていた。ここでいう醜いというのは精神的な問題である。もちろんアイドルになるにしては容姿からしてかなり厳しかった。それ以上に、憧れていた中山美穂が、ヒット作を唄うさい自分で楽譜を読んでのことだと知りショックを受けるなど、全体的に甘く考えていた。アイドルには楽譜が読めない人がよくいて、他人に唄ってもらい真似して唄うことがある。それで、アイドルなら楽譜が読めなくてもいいと思い込んでいた。

 しかし、歌唱がしっかりしていて何曲もヒットさせている歌手には、アイドルでも楽譜くらい読める人が昔からいたものだった。



 その兄は楽譜が読めた。

 バイトして、楽器を買ったり音楽教室に通って勉強したりしたからだ。あくまで好きなことには詳しくなりたいという、当たり前のことだった。

 ところが、楽譜が読めなくてもいいと甘く考えていた妹は、兄のことを侮辱していた。どうせものにならないことをしていると言って。まったく努力しない自分を棚に上げて、というより正当化するために、口汚い罵りをしていた。

 

 好きなことをするだけでも努力が要ることは他にもある。

 そうすることで、ただ好きなことでも上手に出来るようになり、より楽しい。また、例えば受験勉強が優先になるなどして、いずれ辞めたとしても、後で友達から一緒にバンドやらないかとか手伝ってくれないかと誘われることがあるし、将来、自分の子供に教えてやることもできる。

 だから、それでプロになるとか、ものになるとか、そういうことでなくても、熱心にやることには相当の意義がある。


 そういうことが、どうして解らないのか。

 そして、やはり前に説明したが、兄は大学を出ていて、これもバイトしながら苦学してのことだったけれど、妹は受験勉強をまったくしないから入れないだけなのに、兄だけ大卒になっていると僻んでいた。

 これは親の躾が悪いからだけど、その親が言うには、生まれつきだから。自分の責任を認めたくないというだけでなく、どうも心の底から本気で、この娘を躾るなんて不可能だと思っているそうだ。よく漫画のネタに、親でもどうしようもない我儘な娘というのが出てくるけれど、あれは作り話のネタではなく実話に基づいている場合があるから、これもその一種なのだろう。 

 

 
 
 
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