top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月24日
  • 読了時間: 3分

 自衛隊に悪い感じを持ったのは自衛官の子供たちのためだった。

 かつて、防衛庁官舎(当時の呼称)のすぐ近くに住んでいたので、学校には自衛官の子供たちが大勢いた。転勤の多い自衛官は、なかなかマイホームを買わないし、節約のためもあって官舎に住む。学齢期の子供がいればなおさらである。

 だから官舎の近くの学校には親が自衛官の子供が大勢いるが、そうでないと学校にほとんど居ない。多数であれば差別や虐めはに遭わないし、少数派となることも無いから、どちらにしても自衛官の子供がいじめられるなんてことはない。

 逆にというか、威張っていたり卑怯だったりする自衛官の子供は大勢いた。


 小学生の時、同じクラスの自衛官の子供が威張って言った。

 ぼくの父さんは拳銃の免許を持っている、と脅すようにして。もちろん虐められて父親に言いつけてやるという意味ではく、権力をかさに着た言葉だった。

 このとき同じクラスに警官の息子がいて、その父親は「自衛隊は躾けがなってない」と怒って言っていた。警察は、そんなこと絶対に言わせないから。


 中学では沖縄のことがきっかけでだった。

 かつて沖縄は独立国だったのに侵略された歴史から、自衛隊に来るなと抗議した人達がいた事実を話題に出したら、ちっとも自衛隊批判ではないのに同級生が「うちの親父、自衛官だからな」と言い、その仲間の同級生が「差別だ。可哀想じゃないか」と攻撃してきた。

 もともと彼らは権勢に媚びる性癖だから故意に問題をすり替えたのだ。

 これを後に現役自衛官に話したら「その自衛官の息子のお父さんの躾が悪い」と言った。「自衛隊に限らず、公務員としての立場を利用してはいけない」

 そう言われてみれば、その自衛官の息子のお母さんが夫の性格について困ったものだと言うほどだった。

 まあ、自衛隊には二十数万人もいるので色々ということではある。



 そもそも国家権力が実力行使する「暴力装置」には慎重さが求められる。

 だから、その最たる自衛隊に警戒し神経質になっても当たり前で、しかも日本は軍の叛乱で首相殺害や政権転覆未遂と軍部独裁政権の歴史があるので尚更だ。それを「自衛隊だけ言うのは職業差別」と無茶苦茶を言って非難して封じている。

 しかも、つい最近、現役自衛官が外国大使館に凶器を持って乱入したり、現役自衛官が政府の催しではない自民党の私的な政治集会で公務と同じことをしたりで、国内外で問題になったのに、日本政府と自衛隊はきちんと責任をとらない、という異常事態である。


 もともと駄目な自衛官はいた。

 しかし、それを批判できる自衛官も昔はいた。今はいないどころか、現実に暴力を外国にまでふるって反省も対策もせず、それゆえ他にも色々とあるから問題にすると「職業差別」などと荒唐無稽なことを言うようになった。

 もう日本は常軌を逸したほど危険な状態である。


 
 
 

 陸上自衛隊金沢駐屯地の隊員らが小銃を携えて金沢市内を行進した。

 5月15日のことであった。同市によると、昨年6月に続いての実施であり、これには「市民が不安や恐怖を感じかねない」と石川県内の8団体が連名で訓練の中止を要望していた。

 もともと陸上自衛隊の行進訓練は災害救助のアピールでスコップなどを持ち街中を行進するものだった。それが銃に変わった。どんな意図だったのか。


 自衛隊の駐屯地広報室は説明を「差し控える」とした。

 今流行りの無責任と高圧の言葉であるが、中止の要望をした8団体は先立つ12日に、連隊長に宛てて伝えていたとのこと。これについてのマスコミの取材に対し、能登半島地震などの災害時の活動に謝意を示す一方で「小銃を持って行進するのは全く別の話。日中に市民に見せるように行うのは非常識だ」と語った。



 もともと自衛隊の仕事は、国民を外敵から守るこではない。

 国民が権力に逆らわないように脅したり殺したりすることだから、これこそ本来の態度である。これは最近『X』にデジタル版の広告を載せている機関紙『朝雲』が、かつて公言していたことである。

 おかしいのは軍事オタクたちが隊員を見て「指が伸び切ってる」「銃にマガジンが付いてない」と知ったかぶりしていることだ。そんなこと目撃した市民には関係ないことだ。今やることではなく、やろうと思えばやれると脅すデモンストレーションなのだから。

 

 しかし銃を持つ姿を見て危ないと感じる人ばかりではない。

 あれをカッコイイと思い入隊する若い人もいると思ったのだろう。その程度の発想をする人が自衛隊に実際いるし、何でも構わないから入隊して欲しいと思うのも当然なほど自衛隊は人が足りてない現実がある。だから悪いイメージを持つ人たちがいても、入隊する人がいればと期待したのだろう。

 よく街では人手不足のため外国人が働いているのを見かけるが、公務員なら、そうはいかない。まして自衛隊だから外人部隊とはいかん。

 そこで問題は、入隊する人がいるのだろうかということ。それより、よく言われている隊内のパワハラ・セクハラをなんとかするほうが、入る人を増やすためには現実的な対処だろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年8月24日
  • 読了時間: 3分

 「元自衛隊」と名乗る男が、災害のさい左翼らには給水など拒否すべきと言った。

 左翼らは反自衛隊だからということだ。それが当たり前だと非常識な思い込みをしていた。これが子供なら世間知らずの無知なので許してやれるが、大人では困る。大人になっても解らない自衛官の子供たちを直接に知っているが、まだ若かったので許せるかもしれない。

 これについて知り合いの現役ベテラン自衛官は、親の躾けが悪いからそんな非常識なことを言うのだと指摘した。まだ若いどころか年齢から未成年者の子供でも、親の躾けがよければ、そんなことは言わないはずだ、と言う。


 自衛隊のしていることは政府が決めたことだ。

 これは他のどんな公的機関のすることでも同じことだ。そして、政府を批判するのは国民の権利である。たとえ自衛隊の存在を全否定するとしても、それは民主主義社会における政治への批判であり、その国民の権利を守るのが総ての公的機関にとって責務だから、自衛隊にとっても当然の使命である。

 また、政治が決めたことに当然のことながら自衛隊は従っているのだから、その政治に批判があったからといって自衛隊が気にするのは筋違いで、時には自衛隊の中にいてもその政治への批判に共感することだってある。一緒に声を挙げることは許されないというだけ。



 こんな当たり前のことが解らない人たちがいる。

 もちろん一般的にもいるし、自衛官にもいる。しかし、そんな狭量な自衛官は多くないはずだ。特に難しいことではない常識なのだから。

 なにより自衛隊に批判的な国民だって税金は納めているし、しかもそれなりの理屈をこねる能力がある人は意識や学歴が高くて収入も多い人がいるから、そんな人たちは政治に対して何も批判できない人たちよりは高い税金を納めている。そこから自衛隊も含めた公務員は給料をもらっている。それを考えたら自衛隊を批判する国民は気に食わんとかいう発想するなんて恥ずかしい。自衛隊の世話にはならないので自衛隊の予算分だけ税金を減らすという制度でもあればともかく、そんなことはないのだから。


 逆に、政治の側からのことで、例えば公務員の給与について。

 前に、今ではもう安すぎるから増やそうという提案に対して「公務員が恵まれすぎている」と言って庶民の劣情を刺激し人気取してきた維新の会は、自衛隊員の給与を増やすことにも反対していたけれど、これに対して共産党は、自衛隊員だって公務員なのだから同じように給料を増やすべきだと主張して、その主張が通って自衛隊の給料は増えた、ということがある。

 つまり「それとこれとは別」というわけだ。 

 

 そして、その現役ベテラン自衛官が、なにより重要なことであるとして言った。

 そもそも自衛隊は、災害に付け込んで国民を迫害してやれなんて発想をするような卑怯者の集団ではない、と。

 つまり「反自衛隊の国民を災害のさい対象外にすべき」と言う元自衛隊のオッサンこそ、自衛隊を侮辱しているのだ。しかも自分がいた自衛隊について誇りも気位も持っていない。だから自分が言っていることがどんなに恥ずかしいことかに気づかないのだ。

 

   

 

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page