- 井上靜

- 4月19日
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『ガンダム』生みの親である富野由悠季が語った。
このSFアニメ映画は、戦争について、けっこう生々しい現実を描いたところがあるけれど、それを子供むけのアニメ映画でやったのは子供が見た方が影響があると考えたからで、ところが見て育った人たちの中から改憲論者が出てくるのはつらく、これは自分が失敗したせいだ、という趣旨の発言を繰り返している。
この話題は、あの「オタクによる反戦平和デモ」と絡めて引き合いに出されている。
これについて、受け手の側に問題があると言う人たちがいる。
そう言う人がいるのも解かる。それは自分の同級生であった。彼はマンガとアニメが大好きで、コミケにも行くし、『ガンダム』も大好きで、その作画を担当している安彦良和と偶然に出くわして声をかけてサインしてもらったことがある。仕事場が沿線にある西武新宿線でのことだったそうだが、そのサインを見せてもらった。「サインだけで良いかな」「じゃあ、お言葉に甘えて」と言ってアリオンを書いてもらったということだ。
しかし、彼は富野由悠季が残念がる人そのものである。
その同級生はSFにドラマやテーマなんて無関係と言う。
だから、ガンダムに影響したハインラインの『スターシップトゥルーパーズ』についても、逆にというか戦争賛美の軍国主義SFなのに共感せず、なぜならテーマなんてどうでもいいことだと言っていた。
そんな彼は次第にアニメよりもビデオゲームの方に傾倒して行った。これは彼だけではなかった。だからなのだろう。富野由悠季が次に手掛けたSFアニメ『イデオン』にも戦争風刺があったけれど、なのに音楽は何故あの人なのかという疑問を呈する人がいるけれど、あの作曲家は当時アニメの音楽もよくやっていて、ウヨったのは後になってからで、ドラマを求めないオタクが増加したので例のビデオゲームの音楽を作り、インターネットが登場すると「にちゃんねらー」の「ウヨ厨房」(ネトウヨの前身)となったことを公言したのであり、つまり信念ではなく商売で時勢に迎合したのだ。もともとそんな作曲家であったから、むしろ当然のことだった。

それでも富野由悠季の失敗には変わりない。
よく自分がアニメファンから非難されるのは『ガンダム』が失敗作だと言うからだ。もちろん商業的には成功したがドラマとテーマは破綻している。それは途中から「ニュータイプ」なんて概念を持ち込んだからだ。
これは他でもない富野由悠季が、止めておけばよかったと明言したし、安彦良和は「選民思想」だと指摘し批判したけど、それ以上にドラマを決着するため「ニュータイプ」なんていうオカルトめいた題材でもってテーマを解決したからプロットが崩壊し、これによって反戦は中途で放り出されたのだ。
ところが、ニュータイプがあるからガンダムは良いのだと言われる。
これは熱狂的なファンほど言うことだ。そんな人はファシズムと親和性がある。富野由悠季も安彦良和もニュータイプを否定している事実があるにも関わらず、ガンダムを大好きで観ているのにウヨってる人たちは、選民思想こそガンダムの真髄であると信じている。これではファッショ化も必然的であり、これは同時にオタクによくある妄想でもある。これだから彼ら(彼女ら)は、ニュータイプなんてのはシリアスな作風を壊しているという指摘に猛反発するのだ。
その意味で、やはり『ガンダム』は失敗作であり、だから作者のメッセージが伝わらなかったのは受け手の問題だけではなく作品に難があったということである。


