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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 5月6日
  • 読了時間: 3分

 かつて「土曜の夜に政治を語っちゃう」(所ジョージの言葉)番組があった。

 これは80年代の半ば人気番組が不毛の時間帯といわれる土曜日の深夜に、まずフジテレビが『オールナイトフジ』という「おバカ番組」で人気を博したため、その裏で日本テレビが「過激なお色気路線」の『海賊チャンネル』を放送し、これは管轄官庁からクレームが来たほどだったけれど、それらに対抗してTBSは真面目でシリアスな社会派の内容を含んだ若者向け番組をあえてやろうということで『ハロー!ミッドナイト』という番組を始めたから、そのさい『海賊チャンネル』の司会をしていた所ジョージが皮肉めいた調子で揶揄するように言ったのだった。


 そうしたら『ハロー!ミッドナイト』は振るわなかった。

 あの当時、テレビで報道番組をやっていた朝日新聞の筑紫哲也記者(当時)は、そういう番組があっても良いと応援したけれど潰れてしまったと言っていた。また、当のTBSの内部でも、報道番組のために取材して作成した映像などを娯楽番組に流用する安易さに反対が起きていて、それで番組が好評だったならともかく、人気が出ない以前に内容が振るってなかった。



 これは番組の中心だった松山千春が原因だった。

 彼は、政治や経済などの時事ネタに対して彼独自の視点からコメントするのだけど、そこで気の利いた話が全く出来なかったのだ。これを番組の売りにしていたのだから、肝心の松山千春が話にならなければ番組が振るわなくて当たり前である。

 この話に、さだまさしファンだからその分野の歌に詳しい当時二十歳の女性が「千春じゃダメよ」と言った。なぜか。松山千春は見識あるような態度を売りにしていて、だから彼が中心となる番組を始めたはずだ。しかし、それは見せかけでしかないから、本格的にやろうとしたら地金が露呈するということだった。

 そのとおりだった。


 そして何十年も経過したけれど松山千春には成長が無かった。

 このことは、既に松山千春が何か発言するたびに言われてきたことだった。そして今回は憲法記念日にさいして、「護憲派の気持ちに一定の理解をしながらも、憲法の文言を一字一句変えないのでは逆に理念を守れない」という趣旨だと伝えられる発言をして、同時に、格好つけて中身が空っぽだと、また呆れられていた。

 まったく具体性がなく、それらしい雰囲気で上から目線を装うだけの御粗末さである。この人は、そこで話が終わってしまい、その先に進まない。松山千春だけ取り残されているのだが、それを誤魔化したうえ上から目線をとるために必ず立ち位置を権力側にする。姑息な処世術かと思ってしまうけれど、実は彼は何も解からないのだ。

 それが「千春じゃダメよ」という言葉になり、それも昔のことで今は成長したかというと全く無かったのだ。

 
 
 

更新日:2月16日

 太田光の高市首相に対する質問が話題だった。

 お笑い芸人の太田光は、テレビの選挙に関する番組で、高市首相に対して、政策の成否で不成功の場合の責任はどうなっているのかと質問した。

 これに対して高市首相は、公約しているのだから、これから実現に向けて努力するのであって、失敗した場合を今から言うのは意地悪だと言った。

 そもそも政治家だし、まして大臣であれば責任は当たり前である。はぐらかしてはいけない。



 しかし太田光の質問も不適切だ。

 なぜなら責任は当たり前であるから、いくらあの時に太田光が、日本では責任の所在があいまいになりがちだと言ったところで、あくまで愚問である。だから、高市首相にはぐらかされたとも言える。それに、政策の失敗というのも意味が無い。

 あれは山本太郎議員だった。国会質問で安倍首相に言った。政策が失敗したのだから責任をとって辞任するべきで、いつ辞めるのか。

 これ対する安倍首相の答弁は、失敗したと自分では思ってないというものだった。


 政策が成功か失敗かは評価されるものだ。

 つまり評価であるのだから、その見解は別れるものだ。それで、山本議員に失敗していると言われた安倍首相は失敗したとは思ってないと言い、責任をとって辞任することを否定した。

 これと同じように、高市首相の公約が実現できてないと追及しても、あの調子だから高市首相は実現できていると必ず言うだろうし、具体的に駄目だったと言いうる根拠を突き付けても、安倍首相を引き継ぐと宣言している高市首相のことだから、安倍首相と同じようにして、責任をとる必要はないと強弁するに決まっている。


 つまり失敗の責任という質問は無意味である。

 これは他の首相でも同じことだ。もし質問するなら、その政策による結果と影響に対してどんな対策を考えているのかと追及すべきだ。

 ところが、その具体的な予想を太田光はできなかったのだろう。だから大風呂敷を広げる高市首相に対して当然の質問をしたのはいいけれど、出来なかった場合の責任などと言うしかなく、それで高市首相ははぐらかして威圧した。高市首相は酷い手を使ったが、それを使える質問の仕方をした太田光が先ず不味かった。これは不勉強に基づいた質問だと言われても仕方ない。


 では、太田光は何と言って質問すべきだったのか。

 もっと率直に高市首相に言うべきだった。「出来もしない公約ばかりで有権者を騙したんじゃないですか」と。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年11月9日
  • 読了時間: 2分

 田島陽子もと参議院議員がネット番組で発言した。

 「『妻』という呼ばれ方でいいのか?」というテーマで「妻って変な言葉だよね。刺身の“ツマ”で、何かの端っこみたい」と指摘したうえで、「人間の旦那の相手を妻と呼ぶのは失礼、腹立たしい」「これは法律で変えていかないといけない」などと語った。


 これにケチをつけたのがタレントの猪狩ともか。

 この人はアイドルユニット「仮面女子」のメンバーで車いすユーザーと紹介されている。彼女は自身のバツ(エックスとも言う旧ツイッター)で「いい加減こういう言葉狩りやめませんか?普通に『妻』で良くないですか?」と投稿し、これが一部で「反論」と報じられた。



 言葉ということでは、法律を改訂するべきだと元議員は言った。

 これは当たり前のことである。法律では言葉を正確に使用しなければならない。そして現代の日本の法制度では、婚姻について両性の平等を謳っている。ところが今の婚姻届は記入欄に「夫」「妻」と記載されていて、片方を添え物とする表現になっている。

 これだから、「失礼」「腹立たしい」としたうえで、法律を変えないといけないという指摘である。俗に軽く発した言葉に細かいことで非難を浴びせることを「言葉狩り」と言うことがあるけれど、それとは明らかに違う。


 つまり猪狩は田島の発言の趣旨を正確に捉えていない。

 だから、言葉を正しくしないと法律的に問題であるという指摘に対し、「普通」に従来のままでいいと的外れなケチをつけたのだ。

 これでは真面目な問題提起に対する「真面目狩り」「問題提起狩り」である。こういうことをする人は他にもいて、それは常に通俗的で時代遅れな「普通」を掲げて改善を妨げるから、とても迷惑なのだ。芸能人の無知だけでは済まされない。


 
 
 
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