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​炬火 Die Fackel 

更新日:2月16日

 太田光の高市首相に対する質問が話題だった。

 お笑い芸人の太田光は、テレビの選挙に関する番組で、高市首相に対して、政策の成否で不成功の場合の責任はどうなっているのかと質問した。

 これに対して高市首相は、公約しているのだから、これから実現に向けて努力するのであって、失敗した場合を今から言うのは意地悪だと言った。

 そもそも政治家だし、まして大臣であれば責任は当たり前である。はぐらかしてはいけない。



 しかし太田光の質問も不適切だ。

 なぜなら責任は当たり前であるから、いくらあの時に太田光が、日本では責任の所在があいまいになりがちだと言ったところで、あくまで愚問である。だから、高市首相にはぐらかされたとも言える。それに、政策の失敗というのも意味が無い。

 あれは山本太郎議員だった。国会質問で安倍首相に言った。政策が失敗したのだから責任をとって辞任するべきで、いつ辞めるのか。

 これ対する安倍首相の答弁は、失敗したと自分では思ってないというものだった。


 政策が成功か失敗かは評価されるものだ。

 つまり評価であるのだから、その見解は別れるものだ。それで、山本議員に失敗していると言われた安倍首相は失敗したとは思ってないと言い、責任をとって辞任することを否定した。

 これと同じように、高市首相の公約が実現できてないと追及しても、あの調子だから高市首相は実現できていると必ず言うだろうし、具体的に駄目だったと言いうる根拠を突き付けても、安倍首相を引き継ぐと宣言している高市首相のことだから、安倍首相と同じようにして、責任をとる必要はないと強弁するに決まっている。


 つまり失敗の責任という質問は無意味である。

 これは他の首相でも同じことだ。もし質問するなら、その政策による結果と影響に対してどんな対策を考えているのかと追及すべきだ。

 ところが、その具体的な予想を太田光はできなかったのだろう。だから大風呂敷を広げる高市首相に対して当然の質問をしたのはいいけれど、出来なかった場合の責任などと言うしかなく、それで高市首相ははぐらかして威圧した。高市首相は酷い手を使ったが、それを使える質問の仕方をした太田光が先ず不味かった。これは不勉強に基づいた質問だと言われても仕方ない。


 では、太田光は何と言って質問すべきだったのか。

 もっと率直に高市首相に言うべきだった。「出来もしない公約ばかりで有権者を騙したんじゃないですか」と。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年11月9日
  • 読了時間: 2分

 田島陽子もと参議院議員がネット番組で発言した。

 「『妻』という呼ばれ方でいいのか?」というテーマで「妻って変な言葉だよね。刺身の“ツマ”で、何かの端っこみたい」と指摘したうえで、「人間の旦那の相手を妻と呼ぶのは失礼、腹立たしい」「これは法律で変えていかないといけない」などと語った。


 これにケチをつけたのがタレントの猪狩ともか。

 この人はアイドルユニット「仮面女子」のメンバーで車いすユーザーと紹介されている。彼女は自身のバツ(エックスとも言う旧ツイッター)で「いい加減こういう言葉狩りやめませんか?普通に『妻』で良くないですか?」と投稿し、これが一部で「反論」と報じられた。



 言葉ということでは、法律を改訂するべきだと元議員は言った。

 これは当たり前のことである。法律では言葉を正確に使用しなければならない。そして現代の日本の法制度では、婚姻について両性の平等を謳っている。ところが今の婚姻届は記入欄に「夫」「妻」と記載されていて、片方を添え物とする表現になっている。

 これだから、「失礼」「腹立たしい」としたうえで、法律を変えないといけないという指摘である。俗に軽く発した言葉に細かいことで非難を浴びせることを「言葉狩り」と言うことがあるけれど、それとは明らかに違う。


 つまり猪狩は田島の発言の趣旨を正確に捉えていない。

 だから、言葉を正しくしないと法律的に問題であるという指摘に対し、「普通」に従来のままでいいと的外れなケチをつけたのだ。

 これでは真面目な問題提起に対する「真面目狩り」「問題提起狩り」である。こういうことをする人は他にもいて、それは常に通俗的で時代遅れな「普通」を掲げて改善を妨げるから、とても迷惑なのだ。芸能人の無知だけでは済まされない。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年7月18日
  • 読了時間: 3分

 「おれたち、ごはん党。カッコ悪いなんて言うなよ」

 と、世良公則が飯を持った碗を持って言うテレビのCМがあった。一緒にバックバンドの連中もいた。78年の放送だったはずだ。また、ホームビデオの普及がまだ始まったばかりの時代だったためか、動画サイトに投稿も無かった。

 それくらい昔のことだった。世良公則が人気歌手だったのは。



 もちろん、芸能人が宣伝に出るのはイメージだけのこと。

 だから世良公則らが米飯を好んでいるかは別である。そのCМは、米が生産過剰と食生活の変化による「米離れ」で消費減となったことから減反の連続となっていた時期だった。

 そこで、もっと米飯を食べようという啓発のCМが放送され、この当時ちょうどヒット曲を連発して人気が出ていた世良公則とバックバンドが起用されたのだった。

 その後、そのバックバンドの「ツイスト」のメンバーたちは中心人物が薬物使用の事件を起こすなど何かと荒れているというか悲惨というかだった

 

 だぶついた米を消費するため、学校給食で米飯が導入されるようになってもいた。

 それまでは、米飯よりパンの方が栄養的に優れているとして給食でパンを無理強いしていたのに。パンを子供に食べさせるのは、あのヤマザキのコンテナで金髪白人の子供がパンを頬張る図柄が示すとおり、アメリカ式の生活が良いのだという刷り込みであり、実はアメリカが余った小麦の在庫処分のため敗戦により従属国となった日本に押し付けたという次第で、まさにアメリカの陰謀だった。

 これを今さら問題にしているのが参政党だが、この党は問題提起は尤もだけど続けて必ず無茶苦茶なことを言ってばかり。メロンパンが毒とか。そこで日本人を優先にしろとか本気で訴えたければ、麦ではなく米にしろと言うより米軍基地の問題を語れはいいはずだ。それなのに、強い相手には何も言えず、ただ外国人排斥を煽っている。


 そしてカッコ悪いのが世良公則である。

 それよりもっと歌手としても俳優としてもキャリアがある沢田研二は、社会に対して発言すると同時に、自分では選挙に出ず山本太郎を応援していた。沢田研二としては、自分が政治家になるには年齢的に遅いけれど、山本太郎はまだ年齢三十代なので、これから政治家として力をつけて行けると言うことだった。山本太郎をどう評価するかは別にして、誰だって議員を俄かにやれるとは思ってないということだろう。

 では世良公則ならどうなのか。一連の言動からすると、政治への関心からして明らかに俄かなものだと判る御粗末さである。いちおう無所属だが自民党の高市早苗議員と政治姿勢が一致しているのを公言している。農政の失敗による米不足を招いた自民党と。かつて芸能人として全盛期だった当時に啓発のCМに出演していたことなどすっかり忘れているのだろう。

   

 
 
 
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