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​炬火 Die Fackel 

 名古屋大職員組合が、自衛隊の広報ブース出展に中止要請。

 これは、名古屋大学祭に、自衛隊の災害救助についての展示がされそうになったことに対して「自衛隊の本質が軍事組織であることを覆い隠し、学生や地域住民に『かっこよさ』や『安心感』を植え付ける一面的な宣伝活動。市民の大学への信頼を失う」と中止の要請がされたことだ。


 これについてchat GPTで調べた人がいた。

 「職員組合が大学の教育や運営に関して意見を述べることは不適切か?」

 「結論から言うと、職員組合が大学の教育や運営に関して意見を述べること自体は、不適切とは言えません。

 むしろ、多くの大学では教職員が教育環境や大学のあり方について意見表明を行うことは、大学自治の一部として認められています。

・教職員は大学の教育・研究に責任を持つ構成員である。

・教育的観点や大学の理念に照らして懸念があれば、意見を表明する権利がある。

・学生だけでなく、教員・職員も大学自治を担う主体である。

・組合が声明を出すこと自体は、表現の自由や組合活動の範囲内である。

 このような点から 「自衛隊出展に反対する声明を出したこと」 そのものは正当な権利行使と評価されます。

 日本でいう「大学自治」は、必ずしも「学生自治」だけを意味しません。歴史的には、 教員の研究・教育の自由 大学組織の自主性 学生の自治活動などを含む広い概念です。

 したがって、学生が意見を言う権利 教職員が意見を言う権利 組合が意見を言う権利 はいずれも大学自治の一部と考えられます。

 そのため、「職員組合が意見を述べたこと自体が不適切か」という問いに対しては、大学自治や表現の自由の観点からは、通常は不適切とは言えないというのが中立的な整理になります。」

 以上chatGPTの回答



 ここで、よくある勘違いを開陳した人たちがいる。

 「国立大学 だから国に従え」と言うのだ。ところが、国はあくまでも設置したり予算を出したりするのであって、その運用については学ぶ人たちの自治だ。だからユニバーシティというのはユニオンすなわち組合を意味した言葉である。

 そもそも、名大祭自衛隊ブース出展問題に対して名大職組がやったことは「名大祭の趣旨に反する」という声明を出しただけである。中止の判断は大学と実行委員が下したのであって、それを妨害だの弾圧だの言うのは事実誤認に加えて悪意がある。

 そもそも大学が組合の一種なのは、教職員も学生も一緒になって研究したり学んだりするという意味。だから ストライキもやればロックアウトもすることがある。昔は、よくあったこと。学園祭に自衛隊や警察など国家権力の暴力装置の宣伝ブースを設けるという行為は極めて深刻な大学自治への侵犯であるから、手段を選ばず阻止してもいいくらいだ。

 なのに、一部の政治家が名大を誹謗している。これは政治家による大学自治に対する弾圧である。


 「自衛隊を批判する奴は災害の時に自衛隊が助けなきゃいい」

 と喚く奴らが、この件で、また湧いて出た。

 もともと、災害救助隊を作れという意見があったのに、それを自衛隊にやらせ、そうしておいて自衛隊への批判を災害を利用して実質「殺すぞ」という脅迫で封じるという狂気の手口だったから、こんな弾圧を口にする者がいても当然のことだ。

 その卑劣を大学祭でやろうとしたから批判されて当然である。


 だいたい自衛隊は助けない。

 それどころか、どさくさ紛れに殺すことを堂々と計画してる。機関誌『朝雲』にも書いてあった。石原慎太郎が都知事の時には、それだけじゃなく災害の時に三国人も殺せと自衛隊に指示し、まるで関東大震災の時の「朝鮮人が暴動」という官製デマで虐殺があった時の再現だと批判されたけど、何が悪いんだと居直ったのは周知のとおり。

 やはり自衛隊の本当の仕事を忘れてはならない。災害救助ではないし、外部からの武力攻撃に立ち向かうのでもない。体制に逆らう国民を殺すことである。穏健なデモであっても、女性や子供を連れてる人がいても、情け容赦なく銃撃するための「ヒューマニズムの克服」が必要であると機関誌『朝雲』が説いていた。それではいけないと批判した自衛官たちが昔いたけど、みんな追放された。


 防衛医大の医療裁判の時も、そうだった。

 そんなヤブ医者いなくなった方が自衛官と家族のためになるし国のためにもなると言う自衛官もいたのに、防衛医大の側は、訴える患者が住んでいる所に自衛隊の給水車を行かせないと脅し、訴訟を取り上げろと迫り、あくまで隠蔽を図ったのだ。

 どんなに間違ったことをしても、故意に悪いことをしても、自衛隊が責任を追及されることかあってはならない、と言って。


 名古屋大学の件でまた露呈したが、これは自衛隊が昔からやっていることの反映だ。

 いつも自衛隊は市民に対して銃を向け暴力で脅しているくせして、それを言論で批判されて困ると職業差別だと言って急に弱者ぶる。

 まったく、イスラエルが武力にものを言わせておいて批判されるとユダヤ人差別だと喚くのとよく似てる。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 4 日前
  • 読了時間: 2分

 倉田真由美という人は、権勢に媚びる発言をする人として知られている。

 その多くが非常識であるという批判が多い。そんな人は珍しくもないが、差別は駄目だ。

 それが先日の経済格差で差別発言したことだ。


写真を肖像画ふうに加工したらしいが、実際どうかは未確認の当人の姿ということで引用したもの
写真を肖像画ふうに加工したらしいが、実際どうかは未確認の当人の姿ということで引用したもの

今年の六月のことだ。こんな発言があった。


不妊治療に数百万円費やした挙句、子どもを諦めた知人夫婦がいる。「生活保護だと不妊治療が無料」は明らかに不公平。「働き者が割を食う」のは本来あってはならない


 ちょっと待てよ。

 不妊治療の成果なく諦めて高額な費用が虚しかった人は、よくいるだろうが、その駄目だった原因は、だいたい身体の問題か医師の手腕である。他にも事情があるかもしれないが、少なくとも、貧困な人が費用の補助を受けられる制度とは無関係だ。そんなことも解らないのか。

 また、貧乏でも子供ができたら里親と同じように公的支援すれば深刻な少子化への対策になる。その意義がある制度に対して「貧乏人は子供を作るな」では社会の為にならない。


 「働き者が割を食う」も非常識である。

 ゆとりが資力にあって公費助成など無用な人が自費というのは、当たり前のことであるし、事情があって貧窮していることを怠け者と決めつけることは差別であり人間性が疑われる。

 こんなことを、よく平気で公言できるのかと不思議だ。


 このように、倉田真由美の言うことは、社会の不平等を批判しているように装って逆に差別をして下品な人達の劣情を刺激しているだけだ。

 これでは、社会のために全然なっていないどころか社会にとって極めて有害である。マスメディアは取り上げるべきではない。

 
 
 

 巨人・阿部監督の辞任騒動で鈴木宗男議員。

 「逮捕する必要性があったのか。任意同行で良かったのではないか」と、逮捕の事案ではないと主張したことが報じられた。

 この鈴木宗男議員は、自分が汚職の疑いで逮捕されたことがあるからだろう。もちろん不当逮捕の疑いがあれば人権擁護の観点から問いただす必要もある。だが、この場合は立場が遥かに弱い未成年者の女子の人権が優先されて然るべきだろう。



 「お母さんになぜ相談しなかった」

 そう言って鈴木宗男議員が娘の行動に疑問を呈した。これについてバツ(エックスともいう)で一言呟いた。

 「浮気されても我慢してるようなお母さんに相談したってしょうがねえだろ」

 このようにサラッと書いた投稿なのにハートクリック数があっという間に三万となり「うちの母がそうだった」という趣旨のコメントがたくさん来た。ということは不倫や家庭内暴力の父親だけでなく忍従している母親にも子供は苦悩しているということだろう。

 それに、娘へのDVで巨人監督を辞めた人は、前に酷い不倫を繰り返し家庭内に悪影響したけれど、世間体や夫の収入のため妻は忍従していたと言われている。そんな我慢しても子供のためになるとは思えない。なぜかという実例は世の中にいっぱいある。


 俳優の唐沢寿明が自伝で述べている。

 そこで彼は、高校生の時に家出した事情を説明していた。彼の父はひどい暴力亭主だった。そして高校生の時、母が父から殴られているのを止めたら、父が怒り、すると母から出て行けと言われた。あんなに殴られてばかりいても好きだったから我慢していたのだと、その時に気づいた。だから彼は家を出たという。

 巨人監督辞めた人の妻だって、不倫や暴力でも一緒にいた。それでも好きだったり、世間体や収入のこともあったり、だったのだろう。しかし、いくら金があっても親の不仲や暴力があっては幸せではないし、不倫で金を使い子供のためには使わない人がよくいるものだ。

 だから娘はきっと相当に苦悩していたはずだ。そこが鈴木宗男議員には解ってない。

 
 
 
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