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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 3 時間前
  • 読了時間: 3分

 右曲がりの人が変なことを嘆いた。

 それは日本保守党という、結成されたものの早くも続かなくなる兆候が明らかな団体に所属する人だ。ここは先の選挙でも惨敗した。それも当然のことだと思わされる構成員たちの言動がある。

 その一つであった。「福岡もダメかもしれない」と言って、なぜなら人気ラーメン屋の店員が外国人になったからだ。それで外国人排斥を訴えていた。

 いくら、食い意地は張っていても味覚音痴、みたいな人の多い団体といっても、これはひどい。



 なぜ外国人が作った料理だと駄目なのか。

 その理由がない。前に外国人が営んでいる寿司屋で、客が「外人が握るのかよ」と言うので、そのフランス人の寿司職人が「フランス料理のシェフに日本人いるじゃないか」と怒っていたことがある。ちゃんと修行した人であれば国籍や人種は関係ない。

 それにラーメンは「B級グルメ」である。まして牛丼などは、チェーン店のマニュアルに従って作るものだから、外国人が働いている。日本語も上手だ。


 自国の料理なら誰でも上手に作れるわけでもない。

 かつて大学祭で、韓国人の留学生たちが出店しようということでキムチを作って販売した。それを買って、自分で食べたし人に食べさせてもみたが、共通した感想は「素人っぽい」ということだった。韓国人が作ったキムチだけど、しょせんは学生が見様見真似したものだと日本人でも容易に解ったのだ。

 あと特に冷麵は、職人次第である。あの『チャングムの誓い』という韓国のドラマにも出てきた話だ。自宅の近所に若い韓国人が営んでいる飲食店があったので行ったが、冷麵は駄目だった。冷麵は北が本場だから韓国人ではなく朝鮮人なら誰でもよいということでもない。

 これは、日本人だからと外国で寿司屋を営んでも駄目というのと同じだ。


 それとは事情が違う料理もある。

 例えばカレーである。インドやネパールの人がやっている本格的なカレー屋もマニュアルである。カレーはスパイスなどをレシピに従って作れば、職人の腕前など関係ない。そもそも味が濃いから、作る手腕が影響しない。だから逆に日本人がカレー屋を営んでも簡単にインド人と同じカレーが出来る。

 このように、料理と料理する人の国籍が一致している必要はないし、それを言うのは無意味だ。


 そもそも人手不足なのだ。

 もちろん日本人の人口が減っているからだ。国土からして日本人は一億人をきったほうがよいのだが、すでに一億二千万人に増加したのを前提にした社会の機構を急には変えられない。だから外国人の働き手が必要不可欠なのだ。

 それで、バスの運転手が足りないからバス会社が東南アジアに養成所を作っていたりする。バスは料金や定期券のことなど色々あって複雑だから運転免許証だけでは務まらない。それで、そこまでしている。ただ外人を雇えばいいと安易にやっているのではない。

 そういう現実を踏まえず排外主義を煽るのは無知と無責任である。


 
 
 

 沖縄県知事選について、小沢一郎氏が現職支援を表明した。

 小沢氏は中道改革連合から選挙に立候補して落選となった。その彼が、沖縄県知事選挙で現職を支持するとしたうえ、態度を決めない中道改革連合を批判したのだ。

 小沢氏は言う。辺野古の事故は知事と無関係なのに、こじつけている勢力があり、死者が出た悲惨な事故を政治的に利用するのは最低であるから、そんなことをしている勢力を応援するなど論外であり、それなのに中道改革連合はどっちつかずだ、と。

 全くその通りだ。


 あの高校生は、沖縄の綺麗な海を見たがったから乗船した。

 ところが、引率の高校教師は立ち会っていなかった。小型船舶で沖に出ることは危険があるから、その判断を引率の教師がしなれければならない。なぜ付き添いしなかったのか。

 つまり、辺野古の事故は修学旅行で学校と実施団体の安全管理に関する問題である。 この事故の反省をし、今後の安全管理をどう改善するかという話だ。この問題が、いつの間にか、死んだ船長が埋め立て工事に抗議する運動をやっていたことで、運動のせいで生徒が死んだという話をする人たちがいる。


 この事故で海保の責任も問われている。

 これまで事業未登録状態の抗議団体の船が、修学旅行生など外部の人間を乗せ航行していたことを知っていた。 指導や取締りをしているべきだったのだ。そうすれば、元々から外部の人間を乗せることはなかった。行政の不作為によって修学旅行高校生の死者を出したのだ。

 これをジャーナリストが追及しないで、基地建設に抗議する運動団体を責めている。


 報道もどきがデマ工作をしているからだ。

 単なる旅行の安全管理でしかない話を、こじつけて政治的にしている。例えば「戦場ジャーナリスト」須賀川拓だの、元朝日新聞の今野忍だの、元々からあまりにひどかったからジャーナリストじゃないと言われ続けて来て、しかしそんなことでもしないとマスコミの仕事が出来ない、報道の自由が無い日本の現実、ということだったが、そこへさらに今度のことにより、あんな連中はジャーナリストではなく、やってることはまるで迷惑系ユーチューバーだという指摘があちこちから出ている。

 これを自民党政権が利用しているのか、利用するためのやらせなのか、これは「鶏と卵どっちが先か」である。


 中道改革連合は公明党と創価学会が関与している。

 つまり「コウモリ党」と皮肉られてきたところだから、どっちつかずの様子見をしているのだろう。しかし小沢氏が指摘するとおり、悲惨な事故を政治的に利用する勢力は人でなしだ。

 それでも優勢な方に付こうと様子見しているコウモリでは、中道というより外道であるし、バットマンではなくジョーカーである。

 まるで「迷惑系ユーチューバー」と言われたマスコミ崩れの人は顔つきからして陰湿そうだと前に書いたが、ねちっこい扇動者ぶりはジョーカーふうである。



 
 
 

 そもそもの話。

 かつての戦争で、米軍による爆撃の爆弾数は、日本よりベトナムの方が何桁も多かったが、ベトナムの死者数は日本より何桁も少なかった。なぜか。ベトナムは軍が防空壕を造り一般人みんな退避できるようにしていたが、日本軍の防空壕は大本営と皇族用だけで一般人は各々自分で掘れだったから役に立たないのばかり。

 この伝統が今も続いているから、日本は地震などの災害が多いのに、避難所をはじめ対策をしない。


 これを世界中が不可解がる。

 なぜ多くの日本人は、悲惨なことに対し、他人には平然として自分だと我慢するのか。それは、被害を当然の報いだと思ってるからだ。

 かつて東日本大震災にさいして石原慎太郎都知事が、津波は「天罰」と暴言吐いたけど、その通りだと言う人もいっぱいいたのが現実だ。だから彼は失脚しなかった。災禍も病気も障害も罰を受けてるから苦しめばいいと思うのだ。

 これは何より仏教界が悪い。 前に僧籍にある人に、前世の因縁とか言って障害者などを差別するのは仏教のあり方として間違っていると言っところ、それが仏教の考え方だとし差別を煽ることを肯定した。そのように日本の仏教は独特で、人類の普遍的な価値観からすると異常である。


 今回の震災では政府がやってるふり宣伝している。

 そのプロパガンダ映像は、わざとらしく音楽を流し、首相が避難者と握手するところだけスローモーションになっていたりで、首相は被災者を利用しているだけだ。

 また、小泉進次郎防衛相は、被災地へ自衛隊機でクーラーを運搬する場面を撮影し流していたが、被災地に避難所があれば元々無用だった。被災者は相変わらず体育館に雑魚寝で、これは諸外国から驚かれている。人権無視だと。それでも無策のままで、そこへクーラーを自衛隊機で運搬して見せて役立っているふりをした。

 ところが、届いたクーラー使われていない。積まれた上が物置にされている写真が話題だった。電源が無いから使えないのだ。クーラーに電源が必要だと知らなかった小泉進次郎防衛相は、おそらく電気料金を払うことがなかったから、わからなかったのだろう。それくらい甘やかされて育ったのだ。

 

 

「アンドリューフォーク症候群」という俗語がある。

 これは、無能で権限だけを持つ味方が組織に混乱や被害をもたらす状況を指す比喩的表現であり『銀河英雄伝説』のキャラに由来する。これに該当する一人に小泉進次郎がいる。



 
 
 
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