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​炬火 Die Fackel 

 コロナウイルス感染で死去した自民党のジリノフスキー初代党首。

 もちろんこの自民党とは、ロシアの自民党である。ロシアの右翼民族派で、ジリノフスキー党首は生前「極右」と言われて反発し、我々は「中道」だと言っていた。

 その生誕80年を祝う自民党主催のレセプションが、モスクワのホテルで催された。これに日本の右翼民族派団体の代表が招待を受けて出席したそうだ。


 ところでジリノフスキー党首は領土問題で次のように発言した。

 「北方領土(ロシアで言う南クリル諸島)は勿論のこと、本当は北海道までロシア領なのだ」と、日本のテレビのインタビューで毅然として言い放ったのだ。

 そんなジリノフスキー氏だったが、日本の右翼民族派の皆様はどう評価しているのだろうか。



 さて、ジリノフスキー氏はソビエト時代に学業優秀だった。

 あのとおり一見は粗野だから意外かもしれない。しかし実際には、歴史や政治に興味を持ち、大量の読書もしていて、モスクワ大学夜間部卒である 。

 このモスクワ大学は、ロシア最古の大学であり、日本なら東京大学である。ゴルバチョフ大統領もサハロフ博士号も卒業生だが、ジリノフスキー党首は夜間部を卒業している。


 東京大学には夜間部が無い。

 あった方がいいのではないか。最近、東大にも AO入試とか推薦入学とかの話があるけども、それより東大に夜間部を作って勤労学生でも東大を出られるようにした方がいいんじゃないか。特に法学部。

 そして苦学した人が財務省とかに入ったら、少しは良くなるかもよ。

 
 
 

 れいわ新選組の奥田ふみよ参議院議員が「恥を知れ」と発言した。

 これに対して与党の側から「汚い言葉であり不適切」と認定されたが、そんなのは変だと指摘されている。何故なら、かつて自民党の三原じゅん子議員参議院議員も国会で「恥を知りなさい」と全く同じ発言をしているのに問題にされなかった。

 どちらも言葉尻を捕らえて非難するなら平等でないといけないはずだ。



 むしろ三原議員の方が不正である。

 あの時は内閣不信任案に対しての反対討論だった。だから、不信任案に反対なら、なぜ反対なのか述べるものである。それなのに三原議員は、自分が崇拝する首相を不信任とはけしからんという個人的な感情で言ったのだ。

 あの時、ネトウヨたちだけが「野党を一喝した」と賞賛したが、そんな程度の水準である。



 それと奥田議員の発言は違った。

 あれは国会議員の態度を問題にしたのだった。国民の基本的人権に関する憲法調査会なのに、国会議員たちが議論を真面目にやらず、そこで腹が減ったからと鰻重を食べていた。そのとき奥田議員もいたが、食べる気にならなかったと言う。自分の自宅近くに生活保護で細々と暮らす老人がいて、それを思うと喉を通らないから。あのような困窮した人を救うのが政治家の仕事なのに、それをしないで自分たちは特権階級だと思っている態度である。だから恥知らずだと言ったのだ。


 つまり、こういうことだ。

 国会で、規定通りに、手続き踏んで内閣を批判したことに対して「恥を知りなさい」言うのは良くて、弱者の人権を無視して国会議員が鰻重を食べてることを批判して「恥知らず」と言うのはダメ。この他にも、例えば先日被災地で自衛隊員たちが働いている時に小泉進次郎防衛相は飲酒していた。それも庶民の経済感覚からすると高すぎる外食のさい。これが批判されていたけど、小泉防衛相は何も気にしてないようだ。

 これが日本の政治ということ。自民党か、れいわ新選組か、という問題ではない。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 4月23日
  • 読了時間: 3分

 オウム真理教事件の当時、空中浮揚して見せる弁護士がいた。

 これは、オウム教の教祖が信者に空中浮揚して見せたことに対して、自分でも出来ると言ってのことだ。ちょっと得意になっている様子だった。

 それが最近、これはあの時の印象だけでなく、やはりほんとうに得意になっていると確信させることがあった。なんとSNSのアカウントに、空中浮揚して見せる自分の写真を掲せていたのだ。

 これを知ったのは、その弁護士が他の弁護士を批判するなどの行為があって、それに反感を持った人達が騒いだため、であるが、その騒ぎには関心がない。



 この弁護士はオウム真理教事件の当時テレビに何度も出ていた。

 そのさいの言動が「気持ち悪い」と不評だった。ただし、あの当時テレビに出てオウム真理教を非難する人達は、だいたい評判が悪かった。そんな連中しかいないのかと言ってテレビは批判されていた。それは番組を製作する姿勢が不真面目だから、そんな連中ばかり出すのだと指摘されていた。そんな中の一人が空中浮揚して見せる弁護士であったにすぎないが、その弁護士はカメラ目線で奇妙な語りをするから、この方がよほどカルト宗教的だと言われて気持ち悪がられたのだった。

 そこで問題なのは、その弁護士がオウム真理教を批判するネタとして、自分だって空中浮揚することができる、という的外れな話をしたからだった。   

 

 あの教祖は、空中浮揚を超能力のように言っていた。

 これに対して、その弁護士は「私にもできます」と言った。まるで自分にも超能力があると言っているように。もちろん、超能力なんてありえないとの前提で、超能力はトリックだと言いたかったのだろう。そう言えば済むことであるから、なにも自分で空中浮揚して見せる意味はない。

 なのに無意味なことをして見せるから、オウム真理教の信者は否定して言った。教祖は浮揚すると空中で停止したうえでゆっくりと降りてきたのであり、その弁護士のやっているように飛び上がるのとは違う、と。

 これも、一旦飛び上がれば後は力を入れて似たような動きができるのだから、念で浮く超能力である証明にはならないけれど、その弁護士が超能力であることを否定しようとして「私にもできます」なんて言うから、それを否定しようとして信者が言い返したのだった。


 そもそも、教祖が信者を得たのは超能力によってではない。

 あたりまえである。宗教は先ず教義を信じることから始まるのだから。そして実際にどうかとは関係なく超能力だと信させることにも成功したのだ。他のことも信じさせたうえで。

 それに対して超能力ではないと言っても本当の否定にはならない。「鰯の頭も信心から」というやつで、いくら鰯の頭を否定しても信じる心の否定にはならない。なのにあんなやり方をするとしたら、その弁護士も空中浮揚を超能力と称して教祖になって信者を獲得できてから実は嘘だと告白して騙されてはいけないと言うことで始めて否定になる。でも、それは無理だろう。あの教祖にはカリスマ性があったのだから。喩えば、アイドル歌手の歌唱力に対して、その程度なら自分だってと不細工なオッサンがカラオケで歌ったところで恥ずかしいだけ、というのと同じである。


 これはオウム真理教事件の当時から視聴者に指摘されていた。

 あれから随分と経過したというのに、その弁護士はサッパリ気づいていないということだったのだ。これをSNSのアイコンに載せている空中浮揚の写真から知った。

 そして困るのは、そんな宗教の厄介さと信教の自由などの法的な問題について、弁護士がまったく解っていないことに、なのだ。解からない弁護士は圧倒的に多いが、それでもマスメディアが不真面目に取り上げるから、なおさら迷惑するのだ。

 
 
 
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