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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 1月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:1月28日

 病気のため入退院を繰り返している知人がいる。

 良くなったら快気祝いをしようと言っていた。お祝いだからこっちが奢るので一緒に飲みに行こうと約束していた。だから早く良くなって約束をまもってよと励ましていた。

 ところが、唐突に事実上の絶交宣言をされた。SNSでもブロックされた。


 これは『赤旗』の過ちを批判した時だ。

 あの義家弘介が議員を引退すると表面したさい、こんな奴を有名にしたのは『赤旗』であり、このことを共産党の議員たちも問題にしていた。騙されたとしても酷すぎるから、機関紙を発行する党の中央委員会を批判していたくらいだ。

 そういう指摘をした。そして安易な紙面づくりを反省するべきだと述べたのだった。



 もともと、どうしようもない不良だった義家弘介。

 そんな彼は、真面目になって大学に推薦入学し勉強したうえ母校の教師になった。そして生徒に人権を説いていた。これを「ヤンキー先生」と持ちあげる人たちがいて、『赤旗』は紙面に登場させ、それも紹介するだけでなく人生相談の連載までしていたほどだった。

 しかし不良が更生して進歩的になることは極めて稀であり、だから珍しいので『赤旗』も飛びついたのだろうが、すべては義家弘介の悪知恵による偽装だった。教師の時は生徒を虐待していたことを当人が面白がって話し、進歩的な姿勢はすべて教職員組合に迎合しただけだったと明言した。そして安倍晋三に共感して右翼発言をしながら自民党の支援をうけ選挙で当選すると安倍派に入った。それが今では後ろ盾を失い、裏金疑惑も発覚して落選すると、再起は無理と見て引退した。


 これだから、共産党所属議員でさえ『赤旗』を批判した。

 この機関紙は党中央委員会の発行であり、組織の上意下達のためにある。これを党員が批判することは出来ないが、過去の過ちを批判することならできる。義家弘介の件のように明確な過ちなら、なおさらのことである。

 ところが、この程度のことでさえ、その知人は許せなかったわけだ。もともと彼は熱心な共産党支持者であり、そこから例えば、れいわ新選組を批判していた。それも、内容的に辛辣というだけでなく言葉の調子も強くて、れいわ新選組の議員たちのパフォーマンスは「バカを騙そうとしている」とまでSNS発信していた。もちろん、れいわ新選組はパフォーマンスばかりという批判の内容には共感できる部分がある。だとしても、そこまで言うか、ということである。

 しかし、これくらい熱烈な支持者であるから、党所属議員でさえ批判していた党中央の明らかな過ちについて、あれは安易だったのだから反省するべきだ、というだけでも許せなかったのだろう。

 

 友達になれないのは残念なことではある。

 しかし、どこの政党でも熱烈すぎる支持者とか盲従者とかは、誰であっても、誰にとっても、付き合いにくいものである。同じ政党に所属している人にとってさえ。政治的に、完全に一致しているか、逆に無関心の人だけが、付き合える。

 だから仕方ないことである。

 

  

  


  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月1日
  • 読了時間: 3分

更新日:1月1日

 ある、品のない人たちが、こちらの噂をしていた。

 もちろん気にしてないが、あまりに紋切型の憶測に基づいているので滑稽だったから、その話をする。それは、暴力的だと悪評がある集団と深くかかわっている弁護士を批判したことだった。この弁護士は自ら関係が深いことを宣言していた。

 この関係そのものが問題ではなく、これを脅しに利用して相手側に和解を迫っていることが弁護士に相応しくないという話だった。他の弁護士たちからも、和解金が事件の相場から不当に高額であると批判されていた。それを暴力的だと悪評の集団と関係が深いことを宣言しながら請求しているのだから、これでは弁護士が暴力で脅して金儲けしているようなものではないか。

 あくまでも、そういう弁護士の倫理に対しての批判だった。


 これを、別の話にすりかえて悪口にしていた人たちがいる。

 その暴力的だと悪評の集団から負傷させられたという人がいて、その人と、ある出版社の社長が、何かのきっかけで会い、それをきっかけに、その集団を厳しく批判する書籍を発行するなどしていた。

 この話とこじつけて、弁護士を批判しているのは出版社との商取引をしている都合だと決めつけていた。

 もともと、出版社との商取引を気にして、何か発言したり、逆に発言を控えるなど、そんな卑劣な態度はまったくとっていない。もう十年以上も前だが、その出版社の出している雑誌の記事が右翼の暴力を肯定する結果になっていると批判したこともある。そして、その後にも、同じ雑誌に何度も記事を書いている。つまり、そんな狭量な態度を、こちらも出版社もとっていない。



 また、この出版社とは、とっくに関係がなくなっている。

 かつては書籍も出版していたが、売り切れで在庫がない。印税も全額支払い済みである。それなのに、商取引を気にして迎合する発言をするなんて、有り得ないことだ。

 しかも、こちらは警察の悪事と、庇う裁判官という、実に困難な、権力との闘いを強いられているのだから、それで迷惑をかけてもいけない。他の出版社はともかく、その出版社だけは警察の天下り先を告発したから迫害を受けて大変な目に遭っている。だから、これ以上の負担は困るはずだ。

 それで距離を置いている。


 そういうことを何も解らず、勝手な憶測で、ろくな根拠もなく、こじつけて中傷するというのは卑劣である。

 ただ、闘う者を闘わない者が笑うという歌があるけれど、それだと思って反対に笑っている。そういうことであるから、いい加減な輩は気にしないでいるので、また出版社に迷惑がかからないよう、皆様におかれても無視に限るということにして頂きたい。

 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年10月14日
  • 読了時間: 2分

 郵便料金が値上げされた。

 この影響で年賀状が減るのではないかと印刷業者が気にしているそうだが、年賀状を印刷業者で作っている人が相当にいるという方が意外である。もちろん、名刺にしても自宅のパソコンより印刷業者によって作られた方が仕上がりは良いから、それと年賀状も同じことなのだろう。


 それ以前に、年賀状を出している人が意外だ。

 久しぶりに会った人に、何か月ぶりかと言ったら何年ぶりだったことがあり、それはバツ(エックス)とかラインで毎日のように接していたからだった。そんな中で、年賀状で新年の挨拶という意味があるのだろうか。

 

 前に年賀状くらい値引きすべきという意見があった。

 しかし、国の事業で公益性が高く全国一律の料金でやり取りできる体制を維持するのは大変だから、そのため大量の年賀状で収益をあげる意味があったのではないか。

 ところが郵政民営化で無意味になった。だから年賀状をやめてしまった者がいて、自分もその一人である。


 そうでなくても「虚礼廃止」という人がいた。

 あと「喪中につき年末年始の...」というハガキが来たので年賀状を出さないでいたら、それは寂しいという人がいた。「あけましておめでとう」ではなく、ただ「今年もよろしくと」だけ書くには良いから、そうして欲しかったそうだ。


 ところで、いまYouTubeの東映サイトで仮面ライダーをやっているが、そこにこんな場面があった。



  

 

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