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​炬火 Die Fackel 

更新日:3月4日

 偏食の人は性格が悪い。

 よく言われていることだが、実際どうか。結論から言うと、そんな人がよくいるけれど、必ずしもそうとは限らない、ということだ。

 なぜなら、偏食になってしまう原因は複数あって、性格と関係があるものと無いものがあるからだ。性格と関係があると、その反映の一つに偏食があるので、他の事にも反映しているから、偏食だから性格が悪いということになるが、性格とは無関係なら、偏食以外では何も問題が無い人になる。

 あとはいわゆる「キャラ」の違いである。


 その点、個人的に知っている偏食の人たちは対照的だった。

 偏食でも嫌な感じを人に与えない人がいる一方、偏食により人に嫌な感じを与えてばかりの人がいるものだ。

 前者は、当時年齢23歳の女性で、高校までバスケットボール部だったそうで、社会人になってからも趣味のバスケットボールサークルに入っているという人。だから女性にしては長身の170センチだった。そのため、食べられないものばかりなのによく背が伸びたものだと言われるが、いつも明るい調子で「おかげで2メートルにならなかった」と言っていた。

 ところが、もう一人が問題だった。


 この人は高校の同じクラスの男子だった。

 この人は男子にしては小柄で痩せていて肌も汚い。先の女性は偏食だけど背が高いうえ肌も綺麗な人だった。食べられないものは多くても数少ない食べられるものからバランスよく栄養は摂取していた。とくに問題が無い偏食といってよかった。それで一緒に食事していて楽しかった。ところがこの同級生の偏食は、栄養的にも問題が大ありの偏食だった。

 この男とは、一緒に食事したいと思う人がいなかった。先の女性は特に美人ではないが綺麗な肌は見て心地よかった。ところが、この男は不細工のうえ肌が不健康に汚らしい。食べ物が悪いのが一目瞭然だった。それで生理的嫌悪感を催させた。しかも食べ方が汚らしかった。僅かな食べられる物を口にするさいの仕草に品が無いうえ食べこぼしたりが酷かった。



 しかし最大の問題は性格だった。

 この男は、人が食べている時に指さして「そんなもの、よく食べられるね」と言い、ドロドロしたものは嫌いだと言うだけでなく「ゲロみたいだ」と食事中に言う。また、お召し上がりになりませんかと勧められて要らないなら「ありがとうごさいます。でも結構です」というのがマナーのはずだけど、彼は顔をしかめて「うえっ、そんなもの食べられない」と言うから、言っていいことと悪いことがあると注意しても「嫌なものは嫌なの」と居直る。

 この調子で、他のことでも他人が好きだったり関心があったりするものに対してことごとく腐していた。担任教師が、彼は友達がいなくて孤立していると言っていた。それを聞いたとき、仲間外れにされているのかと思った。そうではなく偏食と関係があるのだと気づいたのは、ずっと後になってからだった。あの態度では、無理もないこと。

 

 なんで偏食のことを改めて思い出したのか。

 それは、SNS上で総合月刊誌の話題があったからだ。高校の時、図書室の担当だった若い男性の教師は、英語が担当で東大を出ていた。なんで東大出て田舎に就職したのかと問われて、たまたま赴任することになっただけで、教師になれれば良かったと言っていた。その彼の判断で、図書室に常備している総合月刊誌を予算の関係で一つ減らすことになったさい『文芸春秋』『中央公論』『世界』のうち『中央公論』を無くした。信号機で省略するなら黄色というのと同じように、右と左を残し真ん中を省略したということだった。

 この話の時「こう言って解かる生徒は、うちの学校ではお前だけだな」と言われた。田舎だったから、雑誌の傾向で右と左ということに関心がある者が他に居なかったのだ。


 そして卒業後のことになる。

 あの偏食の女性は、スポーツばかりと自認していた人だから、こちらの持っている雑誌について知らず、ただ自分が興味ないことに興味がある人だとしか思わなかったようだった。だから明るい調子で「それ、どんな雑誌なの」と言った。

 それとは違い、あの偏食の男子は、そんなことに関心があるなんておかしいと言って腐した。高校在学中にも、社会や政治経済や世界情勢などについて高校生にもなって関心が無いほうがおかしいと言うと「無いと言ったら無いの」と居直った。この態度は偏食と同じである。


 そういうことを、雑誌の話題から改めて思い出したというわけだ。

 そしてSNSで時々、高校生の時に嫌な思い出を作らされてしまった人と同じような人がいると、この人も、もしかして偏食じゃないかと思うのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2月23日
  • 読了時間: 3分

 「ミクラス」で思い出す同級生がいた。

 それは仇名だった。テレビドラマの怪獣の名前で、顔が似ているからだった。そいつとのことは学校で勘違いされていた。我々は仲良しだと思われていたが、それは表向きで、実は互いに憎んでいた。

 それが表に出たのは中学一年生の最後のころだった。担任の教師が酷いことを言ったら、そのミクラスが便乗して侮辱したのだ。



 その担任教師は、こちらに言い返せずに困ったことが複数回あった。

 こちらの言うことが単純であるけど正しい「ド正論」だったので。それが二度くらいあった程度のことだったのに、その担任教師は「おまえは何でも口で解決しちゃう」と言った。その回数が少ないうえ、そもそも教師が悪いだけのこと。だから事実ではない。

 それを組全員の前で担任教師は言ったが、ミクラス一人を除いて全員が黙っていた。他人のことに口を出すべきではないと思った人。違うと思っても教師に逆らうと不味いと思った人。後からコッソリ「先生のほうが間違っている」と言って励ましに来た人。それがミクラスを除く全員であった。


 「口は達者だからな」と言ってミクラスは侮辱した。

 教師を言い負かしたのを見た人に「口が達者だ」と評されたならともかく、「口が」ではなく「口は」と強調して言ったのだ。その限定の助詞「は」となるニュアンスを強調した口調だった。つまり口先だけの奴だというのだ。

 では、学校の成績はどちらが良かったか。勉強だけでなくスポーツはどうだったか。美術や音楽といった芸術方面の教養はどうだったか。スポーツは体格の差があったし、女の子にモテることは身長と顔の差があったけれど、これは努力とは違う。顔でミクラスに勝ったと言ってもしょうがない。しかし他は努力の結果である。


 ミクラスとは、小学六年生の時に同じ組だった。

 この時、組で何か問題が発生したとき、こちらは才覚と行動で解決したことが度々あった。例えば、いつも問題ばかり起こしている男子が下級生に対して問題を起こしたとき、担任教師が困っていたのを解決したので、こちらを嫌っていた担任教師でさえ「ありがとう」と言ってクラス全体と保護者に対して事実を率直に知らせたことがあり、それ以来その問題児はこちらはを呼び捨てにするのをやめて君付けで呼ぶようになった。他にも、学級委員が差別発言による不祥事を起こした時、そこで見識を発揮した行動を評価されたし、さらには人命救助の類まであった。

 これがミクラスには一切なかった。それで嫉妬していたらしい。だから、お門違いの「口で解決」という不当な誹謗に便乗して「口は達者」と言ったのだ。

 

 だから、表向きと違って憎しみ合っていた。

 小学六年から中学一年まで同じ組で、そこで仲良くしていたように見ていた人たちがいたけど、それは錯覚だった。

 あと、ミクラスの親はやや富裕で、うちはやや貧困であった。それで、こちらは社会の不平等に対して厳しい目で見ていたし、そこから差別をする担任教師や学級委員に辛辣なことを言ったことがあったのだ。するとミクラスは、今度はこう言った。「共産主義者」と。

 このミクラスは近所にある学習塾に通っていて、そこの経営者は日本共産党員だった。作詞家ではなく詩人で、それだけでは食えないから塾を営んでいた。そこへ平気で通っていた一方、こちらに対し悪口で言ったのだ。政治的というより貧困家庭を見下したのだろう。

 

 この思い出が、今回の奇妙な題名の趣旨である。

 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月28日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年1月28日

 病気のため入退院を繰り返している知人がいる。

 良くなったら快気祝いをしようと言っていた。お祝いだからこっちが奢るので一緒に飲みに行こうと約束していた。だから早く良くなって約束をまもってよと励ましていた。

 ところが、唐突に事実上の絶交宣言をされた。SNSでもブロックされた。


 これは『赤旗』の過ちを批判した時だ。

 あの義家弘介が議員を引退すると表面したさい、こんな奴を有名にしたのは『赤旗』であり、このことを共産党の議員たちも問題にしていた。騙されたとしても酷すぎるから、機関紙を発行する党の中央委員会を批判していたくらいだ。

 そういう指摘をした。そして安易な紙面づくりを反省するべきだと述べたのだった。



 もともと、どうしようもない不良だった義家弘介。

 そんな彼は、真面目になって大学に推薦入学し勉強したうえ母校の教師になった。そして生徒に人権を説いていた。これを「ヤンキー先生」と持ちあげる人たちがいて、『赤旗』は紙面に登場させ、それも紹介するだけでなく人生相談の連載までしていたほどだった。

 しかし不良が更生して進歩的になることは極めて稀であり、だから珍しいので『赤旗』も飛びついたのだろうが、すべては義家弘介の悪知恵による偽装だった。教師の時は生徒を虐待していたことを当人が面白がって話し、進歩的な姿勢はすべて教職員組合に迎合しただけだったと明言した。そして安倍晋三に共感して右翼発言をしながら自民党の支援をうけ選挙で当選すると安倍派に入った。それが今では後ろ盾を失い、裏金疑惑も発覚して落選すると、再起は無理と見て引退した。


 これだから、共産党所属議員でさえ『赤旗』を批判した。

 この機関紙は党中央委員会の発行であり、組織の上意下達のためにある。これを党員が批判することは出来ないが、過去の過ちを批判することならできる。義家弘介の件のように明確な過ちなら、なおさらのことである。

 ところが、この程度のことでさえ、その知人は許せなかったわけだ。もともと彼は熱心な共産党支持者であり、そこから例えば、れいわ新選組を批判していた。それも、内容的に辛辣というだけでなく言葉の調子も強くて、れいわ新選組の議員たちのパフォーマンスは「バカを騙そうとしている」とまでSNS発信していた。もちろん、れいわ新選組はパフォーマンスばかりという批判の内容には共感できる部分がある。だとしても、そこまで言うか、ということである。

 しかし、これくらい熱烈な支持者であるから、党所属議員でさえ批判していた党中央の明らかな過ちについて、あれは安易だったのだから反省するべきだ、というだけでも許せなかったのだろう。

 

 友達になれないのは残念なことではある。

 しかし、どこの政党でも熱烈すぎる支持者とか盲従者とかは、誰であっても、誰にとっても、付き合いにくいものである。同じ政党に所属している人にとってさえ。政治的に、完全に一致しているか、逆に無関心の人だけが、付き合える。

 だから仕方ないことである。

 

  

  


 
 
 
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