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​炬火 Die Fackel 

 今の小選挙区制は、政権交代が頻繁というか定期的に実現する。

 そういう幻想をばら撒いたのは、福岡政行と山口二郎だった。これは周知のとおり。福岡政行は小政党所属や無所属の少数派議員は無駄だから排除すべきと説いたし、平和や福祉を説くのも無意味だと言い放っていた。 山口二郎は社会党の護憲を時代遅れ呼ばわりもした。

 こういうことをしてきた。


 だから市民連合というのが立ち上がった時に言われたものだった。

 「どの面下げて」と。 それに山口二郎がいう「1990年代以来の政治改革、政党再編」は、自分が小選挙区制推進と社会党解体の旗振りをやったことを指しているらしいけれど、それのどこが「政治改革」か。そんなのは「政治改悪」でしかなかったし、その結果が第二次安倍内閣の長期政権と今の高市政権成立であると言っていい。


今となっては皮肉でしかない
今となっては皮肉でしかない

 この首魁は小沢一郎であった。

 それで二度の政権交代となり、一時的に自民党は下野したが、それだけで、最初に言っていたこととは大違い。

 この「政治学者」たちは反省を口にもしたが 、そんなことは最初から指摘され判っていたことで、後から結果として違ったのではない。

 だから、ここで問題になるのは、これら政治学者のとった姿勢である。なので、このさい小沢一郎がどうしたとか、そういう話は他でやればいいことだ。


 この政治学者たちは、論文を書いていたのか。

 それが大学雑誌や学士会報に載ったのか。そうではなかった。そんな戯言は、いくら学会が堕落していても載るわけない。

 それはマスメディアである。福岡政行は『ニュースステーション』に出て勝手なことを言い放題していたし、山口二郎は『週刊金曜日』で書き散らした。

 という次第だから、そんな政治学者を起用した一見リベラルなメディアの正体見たり、ということである。

 
 
 

更新日:2025年12月22日

 元朝日新聞の烏賀陽という人が、伊藤詩織さんをこき下ろして非難されていた。

 この男性は、伊藤詩織さんがカルバンクラインの下着の宣伝に出ているのを見てから、彼女のジャーナリストとしての資質を疑うようになったと述べた。

 なぜなら、報道記者が企業広告に出るのは完全にジャーナリズムの倫理違反だから。



 そんな倫理が存在するのだろうか。

 会社の形になっている報道機関に所属する記者ならともかく、フリーランスのジャーナリストがCMに出演している例などいくらでもあるが、それで批判されていたか。

 つまり、これも伊藤詩織さんが他の同業種の人達より厳しい基準を突きつけられ批判されるというダブルスタンダードの一例だ、という指摘であった。

  また「ジャーナリストの資質を疑う」とか小舅根性丸出しの言い方で、こんな連中に報道記者が本当に勤まるのかと、その元朝日の人らの方が逆に心配だと言う人もいた。


 フリーランスのジャーナリストがCМに出た実例の一つ。

 サントリーのCMに森高千里と一緒に出ていた人はフリーランスのジャーナリストで、この当時、オウム真理教の施設に潜入して撮った写真を教団幹部の上祐という人に突き付け「お前はウソツキだ」と迫ったことで話題になり、次は原子力事故を起こした「動燃」に潜入しようとしてまた話題になった。その取材費と滞在費を稼ぐための出演だった。



 フリーランスどころか朝日新聞の人もCМに出ていた。

 朝日新聞の編集委員でテレビ朝日の番組の司会者をしていた江森陽弘は、複数の商品と会社の広告に出演していた。そのうち精力剤の赤蝮ドリンク剤の広告に出た時は、社内でヒンシュクを買っていたことが週刊誌に書かれていたが、ジャーナリストとしての資質を疑われるというものではなかった。



 要するに、こういうことだろう。

 伊藤さんが注目されて記録映画がアカデミー賞の候補になるなどしたことについて「彼女は被害者だから同情されたのであって、ジャーナリストとしての力量か優れていたのでない」と言いたくてしょうがない「ジャーナリスト」たちがいて、僻み根性を発揮して伊藤さんをこき下ろしているのだろう、その人たちのそんな態度からすると。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年11月15日
  • 読了時間: 3分

 「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が逮捕された。

 SNSへの投稿や街頭演説で元兵庫県議の名誉を傷つけた疑いで。これについて、日経新聞がふざけた社説を載せていた。

 「政治家の言論の自由は尊重されるべきだが」と無意味な言い訳の言葉を付け加えたうえで「事実無根の発言で他者をおとしめる行為は許されない」という当たり前のことをこじつけて「SNSがもたらす社会や政治の歪(ひず)みを正す契機にしたい」と歪んだ主張を展開した。



 もちろん立花党首のやっていたことは、とうてい褒められたことではない。

 しかし日経新聞の説く「SNSは政治に対する関心を高める効果が期待される一方、誤った情報が拡散しやすい」は、インターネット以前に、最近よく「オールドメディア」と呼ばれる大手マスコミについて先ず言われなければならないことである。

 また、記者クラブ依存と権力に操作されたあからさまな偽の情報の流布、それを擦り込むことで世論操作、ということが大手メディアによって長年に渡り続いてきたけれど、これとインターネットも同じことである。インターネットのデマゴーグだって、大規模なほど金の力で人を雇って宣伝されていることが、既に指摘されている。

 それなのに、あたかもオールドメディアの嘘とインターネットの嘘は別物であるというインチキ前提によってとやかく言っているのは空々しいにもほどがある。


 そもそも「言ったもん勝ち」の風潮は立花孝志より安倍晋三が作った。

 しかも安倍首相は逮捕されなかった。特にひどいのは、原発事故にからんで嘘をつき、訴訟になったら裁判官が安倍晋三をえこひいきして強引に庇った、という事実。そこから、言ったもん勝ちの風潮が産まれ、しかしそれはあくまで権力を持つ側だけに可能なことなのだ。

 つまり司法が正しく機能していれば、SNSの歪んだ情報操作なんてものは大したことはなかったのだ。

 なのに司法が権力の側に忖度や追従をして事実を歪めてばかりいるから、権力と金のある者はやりたい放題できているのだ。 これこそ「歪み」であるが、それに対して報道が正しい認識を持つことができないでいる。ほんとうに問題なのはSNSではなく司法であるのに。


 昔はマスコミが司法を批判することが、まだあった。

 ところが、司法はもちろん社会全体の問題について、マスコミは取り上げなくなり、それは記者などマスコミで働いている人たちが何も解らなくなってしまったからだ。そもそもオールドメディアと呼ばれるのはなぜかというとマスコミが斜陽産業だからで、そんなところに優秀な人材が集まるはずがない。

 だから、マスコミがインターネットをとやかく言っても虚しいだけなのだ。

 
 
 
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