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​炬火 Die Fackel 

更新日:2025年12月22日

 元朝日新聞の烏賀陽という人が、伊藤詩織さんをこき下ろして非難されていた。

 この男性は、伊藤詩織さんがカルバンクラインの下着の宣伝に出ているのを見てから、彼女のジャーナリストとしての資質を疑うようになったと述べた。

 なぜなら、報道記者が企業広告に出るのは完全にジャーナリズムの倫理違反だから。



 そんな倫理が存在するのだろうか。

 会社の形になっている報道機関に所属する記者ならともかく、フリーランスのジャーナリストがCMに出演している例などいくらでもあるが、それで批判されていたか。

 つまり、これも伊藤詩織さんが他の同業種の人達より厳しい基準を突きつけられ批判されるというダブルスタンダードの一例だ、という指摘であった。

  また「ジャーナリストの資質を疑う」とか小舅根性丸出しの言い方で、こんな連中に報道記者が本当に勤まるのかと、その元朝日の人らの方が逆に心配だと言う人もいた。


 フリーランスのジャーナリストがCМに出た実例の一つ。

 サントリーのCMに森高千里と一緒に出ていた人はフリーランスのジャーナリストで、この当時、オウム真理教の施設に潜入して撮った写真を教団幹部の上祐という人に突き付け「お前はウソツキだ」と迫ったことで話題になり、次は原子力事故を起こした「動燃」に潜入しようとしてまた話題になった。その取材費と滞在費を稼ぐための出演だった。



 フリーランスどころか朝日新聞の人もCМに出ていた。

 朝日新聞の編集委員でテレビ朝日の番組の司会者をしていた江森陽弘は、複数の商品と会社の広告に出演していた。そのうち精力剤の赤蝮ドリンク剤の広告に出た時は、社内でヒンシュクを買っていたことが週刊誌に書かれていたが、ジャーナリストとしての資質を疑われるというものではなかった。



 要するに、こういうことだろう。

 伊藤さんが注目されて記録映画がアカデミー賞の候補になるなどしたことについて「彼女は被害者だから同情されたのであって、ジャーナリストとしての力量か優れていたのでない」と言いたくてしょうがない「ジャーナリスト」たちがいて、僻み根性を発揮して伊藤さんをこき下ろしているのだろう、その人たちのそんな態度からすると。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年11月15日
  • 読了時間: 3分

 「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志が逮捕された。

 SNSへの投稿や街頭演説で元兵庫県議の名誉を傷つけた疑いで。これについて、日経新聞がふざけた社説を載せていた。

 「政治家の言論の自由は尊重されるべきだが」と無意味な言い訳の言葉を付け加えたうえで「事実無根の発言で他者をおとしめる行為は許されない」という当たり前のことをこじつけて「SNSがもたらす社会や政治の歪(ひず)みを正す契機にしたい」と歪んだ主張を展開した。



 もちろん立花党首のやっていたことは、とうてい褒められたことではない。

 しかし日経新聞の説く「SNSは政治に対する関心を高める効果が期待される一方、誤った情報が拡散しやすい」は、インターネット以前に、最近よく「オールドメディア」と呼ばれる大手マスコミについて先ず言われなければならないことである。

 また、記者クラブ依存と権力に操作されたあからさまな偽の情報の流布、それを擦り込むことで世論操作、ということが大手メディアによって長年に渡り続いてきたけれど、これとインターネットも同じことである。インターネットのデマゴーグだって、大規模なほど金の力で人を雇って宣伝されていることが、既に指摘されている。

 それなのに、あたかもオールドメディアの嘘とインターネットの嘘は別物であるというインチキ前提によってとやかく言っているのは空々しいにもほどがある。


 そもそも「言ったもん勝ち」の風潮は立花孝志より安倍晋三が作った。

 しかも安倍首相は逮捕されなかった。特にひどいのは、原発事故にからんで嘘をつき、訴訟になったら裁判官が安倍晋三をえこひいきして強引に庇った、という事実。そこから、言ったもん勝ちの風潮が産まれ、しかしそれはあくまで権力を持つ側だけに可能なことなのだ。

 つまり司法が正しく機能していれば、SNSの歪んだ情報操作なんてものは大したことはなかったのだ。

 なのに司法が権力の側に忖度や追従をして事実を歪めてばかりいるから、権力と金のある者はやりたい放題できているのだ。 これこそ「歪み」であるが、それに対して報道が正しい認識を持つことができないでいる。ほんとうに問題なのはSNSではなく司法であるのに。


 昔はマスコミが司法を批判することが、まだあった。

 ところが、司法はもちろん社会全体の問題について、マスコミは取り上げなくなり、それは記者などマスコミで働いている人たちが何も解らなくなってしまったからだ。そもそもオールドメディアと呼ばれるのはなぜかというとマスコミが斜陽産業だからで、そんなところに優秀な人材が集まるはずがない。

 だから、マスコミがインターネットをとやかく言っても虚しいだけなのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年10月28日
  • 読了時間: 2分

 田原総一朗の「死んでしまえと言えばいい」の発言。

 これが非難されて、その出演番組は打ち切りとなった。田原総一朗の発言がひんしゅくを買うのは今始まったことではない。ところが、これまではどんなに非難されても平気でいたのに、高市早苗に関わる発言だと途端に番組が打ち切りとなった。さすが、なにか有れば電場を停止させると発言していた高市早苗だから、そんなことされたらたまらないということになったみたいだ。

 日本のテレビの報道・言論の自由など、しょせんその程度ということだ。


 田原総一朗の娘がテレビ朝日に務めている。

 その、田原総一朗の長女=田原敦子が、BS朝日の内部であった事情を暴露した。 田原の「死んでしまえと言えばいい」という発言は、放送されたら非難されるであろうことが予想できるので、そこは編集のさい削除するように依頼したが、番組のプロデューサーは「大丈夫」と笑いながら言って聞き容れず、そのまま放送されたそうだ。

 だから、それを言った父が最も悪いとしながらも、良くないと事前に判断して放送しないよう頼んだのに無視されたのだから、責任は父だけにあるのか、プロデューサーや局の上層部は厄介者の父を追放して安堵しているのだろうか、と長女は問いかけていた。



 これは悪名高い番組『そこまで言って委員会』と同じだ。

 ここで例の橋下徹も、チョット危ういと考え直して発言した部分のカットを頼んだのに無視されてしまい、放送後に問題になって謝罪する羽目になったことがあった。

 おそらく、テレビ局にとって出演者なんて利用するだけの消耗品なのだろう。 だからウケを狙って常識などお構いなしで、それがひんしゅくを買ってしまったら出演者のせいにして切り捨てたりする。

 こんな調子で製作されているテレビ番組を観るなんて、時間その他いろいろな無駄である。

 
 
 
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