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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 3月8日
  • 読了時間: 3分

 小泉防衛大臣の対応は「案の定」である。

 イランは日本を攻撃したことなんて一度もない。それなのになぜアメリカ・イスラエルを支持するのか。爆撃で大勢の日本人を殺したアメリカ人に、戦後自衛隊に協力したからと言って勲章を与えたりした一族だから、むしろ当然のことだ。

 つまり小泉家の家業は売国だからだ。



 日本を「石器時代に戻す」と豪語して絨毯爆撃を指揮したカーチス・ルメイ将軍。

 そんな彼に勲一等旭日大綬章叙勲を推薦したのが防衛庁長官だった小泉純也。ちなみに、よく言われていることだが、小泉純一郎が慶応大学の学生だった時、同じ大学の女子学生に性暴力をふるったと訴えられて、そのことで警察から話を聞きたいと言われた純一郎は「ぼくのお父さんは防衛庁長官だぞ」と居直り脅したという話は有名だ。

 

 又次郎から数えれば今の進次郎は世襲4代目である。

 だから当然のこと売国業は祖父・父親譲りである。ルメイ将軍に叙勲の本当の理由は、民間への空襲を日本政府が支持したことにして免罪するためだった。これはさすがに昭和天皇から皇居での叙勲を拒否され、横須賀か厚木の米軍基地で渡したと言われる。

 その昭和天皇は「原爆の犠牲者は気の毒だったが、戦争だったのでやむを得ない」と記者会見で言い放っている。オドオドした態度だったから、アメリカが怖かったのだろう。しかしいくらなんでも小泉家の恥知らずにまで付き合ってはいられなかったというわけだ。

 

 歴代の総理大臣は、日本経済のためイラクの石油は重要だとしていた。

 だからアメリカからの働きかけがあっても必死で拒否していた。ところが、それまでイランから原油を買っていたのに、アメリカの言いなりに関係を断ったのは他でもない小泉純一郎だった。 その負の功績が、今になってじわじわ効いている。

 もちろん郵政民営化もアメリカに郵貯を食い物にさせるためだったことは周知のとおり。


 そんな対米隷属の政権はいつも高支持率である。

 なぜならマスメディアが大々的に宣伝するからである。まずは日本会議や統一協会が支援するなど宗教がかっていて、そこへ大金を投じた派手な宣伝と御用メディアの美化が上乗せされる。

 こういうことはアメリカが選挙工作や宣伝戦・心理戦として世界各地でやってきた実態があり、それが日本でも実施されていると考えるのが自然である。


 もちろん、そんなものに乗せられる国民は一部である。

 しかし一部でしかなくても選挙制度によって少ない得票で殆どの議席という結果になる。そんな制度が良いと似非政治学者を出して執拗に宣伝したのが前に指摘したとおり『ニュースステーション』や『週刊金曜日』といった表向きはリベラル派・左派のメディアであった。

 あの当時からデタラメだと批判されても執拗というか一生懸命というかだったから、これらも裏から操られていたと見たほうよいだろう。

 

 
 
 

 「共産党は戦争反対なのぉ」と言った若い人がいた。

 そして「それなら選挙で投票したのにぃ」と。それを近所の知り合いの八十代半ばの女性が聞いて驚いたけれど、しかしそれも不思議ではないと思ったそうだ。なぜなら、昔と違ってこのところずっと共産党は戦争反対を言わなくなってしまっているからだ。

 たしかに、れいわ組や社民党に投票したという若い人たちの中には、戦争になれば若い人が犠牲になるということで戦争反対の政党に投票しようと思い、そこでなぜか共産党が選択肢に入らなかったのは共産党が戦争反対だと知らなかったからだ、という人が決して少なくない。それも当然というくらい、共産党は戦争反対を言わなくなって久しい。


 昔から共産党が何よりアピールしていたのは「戦争反対」だった。

 そのため、戦前戦中は軍国主義の権力から徹底的に弾圧されて死者も出ていた、ということを共産党は何より先ず訴えてきた。それが、もうほとんど言わなくなっている。だから若い人は知らないのだ。それで投票してもらえないなんて、とんでもない話だ。

 こうなってしまったのは「野党共闘」のためである。その女性の話に、これも近所の知り合いでベテラン共産党員たちは、景気対策と消費税の話ばかりになってしまったからだ、と言ったが、それだけではない。戦争反対を言うと立憲党が嫌がるからだ。


戦争法案に野党の民主党が裏切り賛成した
戦争法案に野党の民主党が裏切り賛成した


 そもそも立憲党と組めると思う共産党の方がどうかしている。

 これは、すでに多くの指摘が出ていた。しかし、共産党が選挙協力の話に乗ったから、それならばと他の野党も乗ったけれど、そうしたら立憲党に見事に裏切られた。これは、れいわ組の山本太郎も言っていた。

 まあ性懲りもせず野田佳彦をまた担いで再び大失敗して致命傷というほどの立憲党だけど、その前から同党の言いだしっぺである枝野幸男からして、その偽物ぶりはとうに指摘されていた。それなのに、志位和夫は選挙協力を言い出した。そして一定の成果が見られたのに思ったほどではないと、枝野幸男は共産党に足を引っ張られたと言って恩を仇で返した。しかも女番長が統一協会と関わる御用組合の「連合」にも媚びて共産党の悪口を言う始末である。

 

 この話題の時に、ベテラン共産党員のうち元議員である人が、社民党の悪口を言った。

 あのとき戦争反対で投票した若い人には、共産党のことを知らず、れいわ組に投票した人もいたけれど、社民党に投票する人たちもいた。これについて「社民党はもう潰れるのだから投票しても無駄だ」と言って腐した。

 そんなことを言っていていいのか。共産党こそ、日本最古で結党百年を超え、権力の弾圧にもめげずに奮闘していたのが、ついに存亡の危機ではないか。

 それも共産党には人を見る目が無いからだ。これが人柄の面だけではなく政治姿勢の面でさえ見る目が無いのだから深刻である。その共産党の元議員がいつも見下している地元の社民党の議員でさえ、昔から言っていたのだ。「元民主党でも、鳩山由紀夫や菅直人なら保守派でもリベラル派という部分があるけれど、枝野幸男なんてリベラル派どころか保守派ですらなくタダの右派だ」と。 

 まったく正しい指摘であるが、それを共産党は見抜けなかった。少なくとも志位和夫には解らなかった。これに党員たちは引きずられた。


 それで共産党の執行部委員長が代わった。

 ここで就任した田村智子は「野党共闘の前提が崩れた」と言って、共感できる個人を応援するだけにした。最初からそうするべきだった。いろいろ事情があるとはいえ遅すぎた。

 なんでそうなってしまったのか。機関紙『赤旗』の紙面がほとんど商業紙と同じなってしまったからだ。それで、商業マスコミの仕掛けるトリックと罠に多くの有権者は気づいているのに共産党員だけが気付けなくなっているからだ。

 この指摘に共産党員たちは反発したが、それならどうして『赤旗』の内容が『朝日』や『読売』や『毎日』や『産経』と同じなのか、という質問には誰も答えられなかった。なぜかは、ここで前から何度も取り上げている通りの構造的な問題があるからである。しかし、それを共産党員は認めない。党中央委員会から上意下達のために発行される機関紙を鵜呑みにすることに慣れきってしまっているからだ。

 その結果、共産党は戦争反対を言わなくなり、戦争を危惧する若者から選挙で投票されなくなってしまったのだ。

 
 
 

更新日:3月4日

 偏食の人は性格が悪い。

 よく言われていることだが、実際どうか。結論から言うと、そんな人がよくいるけれど、必ずしもそうとは限らない、ということだ。

 なぜなら、偏食になってしまう原因は複数あって、性格と関係があるものと無いものがあるからだ。性格と関係があると、その反映の一つに偏食があるので、他の事にも反映しているから、偏食だから性格が悪いということになるが、性格とは無関係なら、偏食以外では何も問題が無い人になる。

 あとはいわゆる「キャラ」の違いである。


 その点、個人的に知っている偏食の人たちは対照的だった。

 偏食でも嫌な感じを人に与えない人がいる一方、偏食により人に嫌な感じを与えてばかりの人がいるものだ。

 前者は、当時年齢23歳の女性で、高校までバスケットボール部だったそうで、社会人になってからも趣味のバスケットボールサークルに入っているという人。だから女性にしては長身の170センチだった。そのため、食べられないものばかりなのによく背が伸びたものだと言われるが、いつも明るい調子で「おかげで2メートルにならなかった」と言っていた。

 ところが、もう一人が問題だった。


 この人は高校の同じクラスの男子だった。

 この人は男子にしては小柄で痩せていて肌も汚い。先の女性は偏食だけど背が高いうえ肌も綺麗な人だった。食べられないものは多くても数少ない食べられるものからバランスよく栄養は摂取していた。とくに問題が無い偏食といってよかった。それで一緒に食事していて楽しかった。ところがこの同級生の偏食は、栄養的にも問題が大ありの偏食だった。

 この男とは、一緒に食事したいと思う人がいなかった。先の女性は特に美人ではないが綺麗な肌は見て心地よかった。ところが、この男は不細工のうえ肌が不健康に汚らしい。食べ物が悪いのが一目瞭然だった。それで生理的嫌悪感を催させた。しかも食べ方が汚らしかった。僅かな食べられる物を口にするさいの仕草に品が無いうえ食べこぼしたりが酷かった。



 しかし最大の問題は性格だった。

 この男は、人が食べている時に指さして「そんなもの、よく食べられるね」と言い、ドロドロしたものは嫌いだと言うだけでなく「ゲロみたいだ」と食事中に言う。また、お召し上がりになりませんかと勧められて要らないなら「ありがとうごさいます。でも結構です」というのがマナーのはずだけど、彼は顔をしかめて「うえっ、そんなもの食べられない」と言うから、言っていいことと悪いことがあると注意しても「嫌なものは嫌なの」と居直る。

 この調子で、他のことでも他人が好きだったり関心があったりするものに対してことごとく腐していた。担任教師が、彼は友達がいなくて孤立していると言っていた。それを聞いたとき、仲間外れにされているのかと思った。そうではなく偏食と関係があるのだと気づいたのは、ずっと後になってからだった。あの態度では、無理もないこと。

 

 なんで偏食のことを改めて思い出したのか。

 それは、SNS上で総合月刊誌の話題があったからだ。高校の時、図書室の担当だった若い男性の教師は、英語が担当で東大を出ていた。なんで東大出て田舎に就職したのかと問われて、たまたま赴任することになっただけで、教師になれれば良かったと言っていた。その彼の判断で、図書室に常備している総合月刊誌を予算の関係で一つ減らすことになったさい『文芸春秋』『中央公論』『世界』のうち『中央公論』を無くした。信号機で省略するなら黄色というのと同じように、右と左を残し真ん中を省略したということだった。

 この話の時「こう言って解かる生徒は、うちの学校ではお前だけだな」と言われた。田舎だったから、雑誌の傾向で右と左ということに関心がある者が他に居なかったのだ。


 そして卒業後のことになる。

 あの偏食の女性は、スポーツばかりと自認していた人だから、こちらの持っている雑誌について知らず、ただ自分が興味ないことに興味がある人だとしか思わなかったようだった。だから明るい調子で「それ、どんな雑誌なの」と言った。

 それとは違い、あの偏食の男子は、そんなことに関心があるなんておかしいと言って腐した。高校在学中にも、社会や政治経済や世界情勢などについて高校生にもなって関心が無いほうがおかしいと言うと「無いと言ったら無いの」と居直った。この態度は偏食と同じである。


 そういうことを、雑誌の話題から改めて思い出したというわけだ。

 そしてSNSで時々、高校生の時に嫌な思い出を作らされてしまった人と同じような人がいると、この人も、もしかして偏食じゃないかと思うのだ。

 
 
 
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