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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 6月16日
  • 読了時間: 4分

 やはり「桜タブー」は健在だ。

 その紋章から、皇室に関係すのものを「菊タブー」、自衛隊に関係するものは「桜タブー」と昔から言った。

 先日の、名古屋大学の自衛隊プロパガンダ問題といい、立憲党の古賀議員による経済的徴兵制についての国会質問といい、言葉尻を取られるどころか、あからさまな嘘で猛攻撃である。今も相変わらずだ。

 もちろん貧困家庭出身の人自衛官はいるし、貧困者に自衛隊が勧誘してる現実はあるが、貧困じゃなければ自衛隊に入らないとまでは言えない。質問した立憲の古賀議員は前に教師をしていたから、家庭の経済的事情から自衛隊に入った人を何人も直接に知っているし、裕福なら他の選択肢があったと言った。そのさい、富裕なら自衛隊に入らないと言ってしまい、直ちに言い間違えたと訂正している。

 そうなのに、そこへすかさずつけ込んだ小泉防衛大臣は、お得意の常套手段である論点ずらし答弁に利用した、というのが事実である。


 経済的な事情から自衛隊というのは田母神俊雄もと空幕がそうだ。



 彼は福島出身だからあの苗字で、学校で成績が良かったから東北大学に行きたかったけど、うちが貧乏なので防衛大に入った。 そしたら偏差値が彼ほど高くなかったので、みんなバカに見えて、俺は頭がいいと思いあがってしまい、それで問題になった「懸賞論文」を書いて辞職するはめになったと言われていた。

 また、安倍晋三を殺した元自衛官も、うちが貧乏だったから自衛隊に入った。 貧乏になっちゃった原因とは統一教会なのだけど。



 そういう特異な場合でなくても、自衛隊が「子ども食堂」で募集活動してえげつないと言われている実態があるし、防衛省の人事の部署で働いている人も、景気と入隊する人材の質は反比例すると言った。



 外国メディアでも、例えばロシアの『スプートニク』が、こう指摘していた。

 「古賀議員は自身の教育現場での経験から、経済的事情によって進学や就職の選択肢が制約される生徒たちを目の当たりにしてきた可能性がある。今回の発言もそうした経験を踏まえた問題意識から出たものとみられる」

 「自衛隊志願者の家庭所得に関する公的統計はなく、その実態を一概に論じることは難しい」

 「背景にある『経済状況が若者の進路選択に与える影響』という論点は、単なる失言騒動で片付けられるものではないだろう。


 親の七光りで苦労も努力もせず国会議員さらに大臣になったボンボン。

 その小泉進次郎は、奨学金の返済の問題を訊かれて、金がないなら大学行かなくていい、手に職をつけろ、という趣旨のことを言い放っていた。自衛隊に、あちこちの自治体の18歳の人の名簿が提供されてることと合わせると、経済的徴兵制を狙ってるとしか思えないだろう。

指さして
指さして

 また、小沢一郎は息子を自衛隊に入れていたらしいが、小泉の一族と麻生の一族は、誰も自衛隊に入ってない。


 使命感で自衛隊に入ったと言うだけならいい。

 そんなのは、どんな職業でも言う人がいる。言うのは勝手だが、ほんとうか解らないものだから、真に受けられない。だから言う意味は無い。

 そんな自衛隊の空ぞらしい綺麗ごとの建前を振りかざして、自衛隊は豊かではない家の子供が入る傾向があるという経済的徴兵制を問題にした国会議員の発言を攻撃してる連中、本当に醜い。その中には元自衛官の奴がいる。自衛隊の実態を知っていて嘘ついてるのだろう。これは自衛隊に限らず他の公的機関も同じだが。


 いつも自衛隊は批判に対し「職業差別」と言って誤魔化す。

 防衛医大の訴訟では、専門知識も倫理感もない医師の手術で手が動かなくなる被害に「ピアノが弾けなくて芸大受験できないなんてのは、しょせんは芸人すなわち河原乞食になれなかっただけ。そんなことで自衛隊が責任を追及されるなんて、あってはならない」と裁判で堂々と言ってのけた。https://amzn.asia/d/01W3oa2U

 つまり自衛隊が言う職業差別とは、批判されて誤魔化すと同時に官尊民卑の思想によるものである。

 やはり自衛隊は有害無益である。

 
 
 

更新日:6月16日

 名古屋大職員組合が、自衛隊の広報ブース出展に中止要請。

 これは、名古屋大学祭に、自衛隊の災害救助についての展示がされそうになったことに対して「自衛隊の本質が軍事組織であることを覆い隠し、学生や地域住民に『かっこよさ』や『安心感』を植え付ける一面的な宣伝活動。市民の大学への信頼を失う」と中止の要請がされたことだ。


 これについてchat GPTで調べた人がいた。

 「職員組合が大学の教育や運営に関して意見を述べることは不適切か?」

 「結論から言うと、職員組合が大学の教育や運営に関して意見を述べること自体は、不適切とは言えません。

 むしろ、多くの大学では教職員が教育環境や大学のあり方について意見表明を行うことは、大学自治の一部として認められています。

・教職員は大学の教育・研究に責任を持つ構成員である。

・教育的観点や大学の理念に照らして懸念があれば、意見を表明する権利がある。

・学生だけでなく、教員・職員も大学自治を担う主体である。

・組合が声明を出すこと自体は、表現の自由や組合活動の範囲内である。

 このような点から 「自衛隊出展に反対する声明を出したこと」 そのものは正当な権利行使と評価されます。

 日本でいう「大学自治」は、必ずしも「学生自治」だけを意味しません。歴史的には、 教員の研究・教育の自由 大学組織の自主性 学生の自治活動などを含む広い概念です。

 したがって、学生が意見を言う権利 教職員が意見を言う権利 組合が意見を言う権利は いずれも大学自治の一部と考えられます。

 そのため、「職員組合が意見を述べたこと自体が不適切か」という問いに対しては、大学自治や表現の自由の観点からは、通常は不適切とは言えないというのが中立的な整理になります。」

 以上chatGPTの回答



 ここで、よくある勘違いを開陳した人たちがいる。

 「国立大学だから国に従え」と言うのだ。ところが、国はあくまでも設置したり予算を出したりするのであって、その運用については学ぶ人たちの自治だ。だからユニバーシティというのはユニオンすなわち組合を意味した言葉である。

 そもそも、名大祭自衛隊ブース出展問題に対して名大職組がやったことは「名大祭の趣旨に反する」という声明を出しただけである。中止の判断は大学と実行委員が下したのであって、それを妨害だの弾圧だの言うのは事実誤認に加えて悪意がある。

 そもそも大学が組合の一種なのは、教職員も学生も一緒になって研究したり学んだりするという意味。だから ストライキもやればロックアウトもすることがある。昔は、よくあったこと。学園祭に自衛隊や警察など国家権力の暴力装置の宣伝ブースを設けるという行為は極めて深刻な大学自治への侵犯であるから、手段を選ばず阻止してもいいくらいだ。

 なのに、一部の政治家が名大を誹謗している。これは政治家による大学自治に対する弾圧である。


 「自衛隊を批判する奴は災害の時に自衛隊が助けなきゃいい」

 と喚く奴らが、この件で、また湧いて出た。

 もともと、災害救助隊を作れという意見があったのに、それを自衛隊にやらせ、そうしておいて自衛隊への批判を災害を利用して実質「殺すぞ」という脅迫で封じるという狂気の手口だったから、こんな弾圧を口にする者がいても当然のことだ。

 その卑劣を大学祭でやろうとしたから批判されて当然である。


 だいたい自衛隊は助けない。

 それどころか、どさくさ紛れに殺すことを堂々と計画してる。機関誌『朝雲』にも書いてあった。石原慎太郎が都知事の時には、それだけじゃなく災害の時に三国人も殺せと自衛隊に指示し、まるで関東大震災の時の「朝鮮人が暴動」という官製デマで虐殺があった時の再現だと批判されたけど、何が悪いんだと居直ったのは周知のとおり。

 やはり自衛隊の本当の仕事を忘れてはならない。災害救助ではないし、外部からの武力攻撃に立ち向かうのでもない。体制に逆らう国民を殺すことである。穏健なデモであっても、女性や子供を連れてる人がいても、情け容赦なく銃撃するための「ヒューマニズムの克服」が必要であると機関誌『朝雲』が説いていた。それではいけないと批判した自衛官たちが昔いたけど、みんな追放された。


 防衛医大の医療裁判の時も、そうだった。

 そんなヤブ医者いなくなった方が自衛官と家族のためになるし国のためにもなると言う自衛官もいたのに、防衛医大の側は、訴える患者が住んでいる所に自衛隊の給水車を行かせないと脅し、訴訟を取り上げろと迫り、あくまで隠蔽を図ったのだ。

 どんなに間違ったことをしても、故意に悪いことをしても、自衛隊が責任を追及されることかあってはならない、と言って。


 名古屋大学の件でまた露呈したが、これは自衛隊が昔からやっていることの反映だ。

 いつも自衛隊は市民に対して銃を向け暴力で脅しているくせして、それを言論で批判されて困ると職業差別だと言って急に弱者ぶる。

 まったく、イスラエルが武力にものを言わせておいて批判されるとユダヤ人差別だと喚くのとよく似てる。

 
 
 

 「サナ活さん」と皮肉って言われる人たちがいる。

 それは熱烈な高市早苗首相の支持者のことだが、今『週刊文春』が高市首相にとって致命的ともいえる醜聞を発掘して騒いでいることに対し「文春は高市総理の足をひっぱるな」とブチキレている。

 なぜ怒っているのか。その訳を誤解している人たちがいる。サナ活さんたちはメディアの社会的な役割を解ってない、という誤解だ。メディアは権力をチェックするもの、という認識がサナ活さんたちに無いから『文春』に文句を言うのだ、と誤解している。まったく違う。


 文藝春秋社が発行する雑誌は権力側のメディアである。

 これは戦前からずっと一貫していて、相変わらず戦後もそうだ。権力をチェックするメディアではなく御用メディアである。それなのに政権与党である自民党の足を引っ張るな、ということなのだ。

 つまりサナ活さんたちは文藝春秋社に対する正しい認識を持っていて、それゆえ文春を批判しているのだ。


 「文春砲」なんてのはあくまで商売。

 かつて田中角栄首相の金脈を追及したのと同じように、受けて売れるからやってるだけ。田中角栄に勢いありすぎた時、文藝春秋は叩けば痛快だとして売れるから熱心に叩いたけれど、それで自民党が困るようになったら急に擁護し始めた。そういう過去の事実がある。

 だから高市早苗が調子よくやって生意気なんで叩いているけれど、これで自民党全体が困るようになったら態度を変えるだろう。

 


 もともと『文春』および『新潮』は昔から一貫して右派メディアである。

 そして、どちらも創価学会と共産党の悪口を売りにしていた。ところが自公連立時代は公明&創価を批判する記事が見るからに減った。だから公明党が連立与党に入って何が良かったかというと公明党と創価学会にとっては週刊文春と週刊新潮に叩かれなくなったことであった。


 あとは小学館である。

 これは文藝春秋社と共に戦前から権力にすりよる商売をしてきた雑誌社の双璧であり、戦後も変わっていない。だから、右翼的な週刊誌は先ず週刊文春、次に週刊新潮、さらに週刊ポスト、というのが雑誌の常識であったし、記事の傾向から一目瞭然である。

 これを踏まえておくべきである。

 
 
 
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