節分と鬼=白人説
- 井上靜
- 2022年2月3日
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かつて節分の日にテレビで、所ジョージが「♪節分イレブンいい気分。撒いてて良かった」と歌ったら、では自分も「セブン」でと嘉門達夫が「♪節分〜節分〜節分〜節分〜節分!節分!節分!」と歌って笑わせていたのを思い出した。
『鬼滅の刃』がヒットしている。
鬼とは妖怪であることになっている。羅生門に出るというのが歌舞伎になっていて、黒澤明の映画のセリフにあったし、高橋留美子の漫画にも描かれていた。このアグネス-ラムがモデルの鬼娘は宇宙人だが、本当は鬼とは白人のことだろうと言われている。
鬼は身体が大きいし、顔の彫りが深い。頭はウェビーヘア。金髪に描かれることもよくある。おそらく漂着し山でサバイバル生活していたから毛皮を纏っていたのだろう。肌が白いから青っぽく見えたか、またはロシア人を北海道に来た赤ら顔の人「赤蝦夷」と言ったが、これが青鬼と赤鬼になった。
こう考えれば納得することばかりである。

鬼は昔話に欠かせない。
節分の「鬼は外」の由来は、娘を嫁にと言う鬼に炒った豆を投げつけて、これを撒いて発芽したら来いと追い払った。ひどいことをするものだ。白人との結婚を人種差別で拒絶したという話が基だったのではないか。
また、『泣いた赤鬼』は、偏見で受け容れられない白人のことが基であったと考えれば納得できるし、なんとも悲しい話である。
それとは別に、排他的なのはよくないからと、寺によっては「福は内」だけで「鬼は外」とは言わないというところがある。
また、姓に「鬼」が付く人がいるけれど、これは強いから良い意味であるそうだ。
もともと、怖いというのは悪いというより強いという意味であったりする。それで息子に強くなって欲しいからと「悪魔」と付けて役所の戸籍係ともめた父親という騒動もあった。
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