立憲民主党には勉強できても挨拶できない人ばかり
- 井上靜

- 2024年7月13日
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蓮舫は都知事選挙に無所属で立候補した。
これは、首長と議員の違いのためで、党派性を出すべきではないからだ。常識と言っていい。だから立憲党としても所属国会議員だった蓮舫を応援していた。同時に、無所属だからこそ共産党や社民党も応援していた。
もとは立憲党の国会議員なのだから立憲党が中心になって応援するものだ。そして、これに協力してくれた他党に対して立憲党は礼を言うものだ。逆に落選したなら、立憲党は自党の力不足だったから応援してくれた他党に申し訳ないと詫びるものだ。
こんなのは当たり前のことで、選挙だけではなく他の色々なことでも同じようなことは沢山ある。
これが立憲党にはできない。
よく、野党共闘として共産党が候補者を降ろしたおかげで立憲党の候補者が当選しても、立憲党の成果としか見ず、落選したら共産党のせいにしている。この、譲歩して候補者を降ろし協力したのに失礼な態度をとられたという不快感は、れいわ組の山本太郎代表も述べていた。
この、多大な協力と譲歩をされておきながら、成功しても礼を言わず、失敗したら詫びる立場なのに詫びるべき相手に責任転嫁という、大人なら恥ずかしくて出来ないことをする人が立憲党にはいる。
マスコミなら普通のことだ。
悪意だから。「共産党の協力が裏目か」と「か」を見出しの最期に付ける。これは、今は亡き芸能レポーター梨本勝が、スポーツ新聞の芸能記事に多いことだと指摘していた。根拠が無くて印象だけの記事は、この見出しになる。これを一般紙が政治の記事でやる。
もちろんマスメディアにとってデタラメで共産党を誹謗するのは必須科目のようなもので、そうしないと自民党と財界から迫害されてしまう。
しかし政党は違う。

ところが立憲党はガキの集団なのだ。
だから常識的な大人の対応すら出来ない。自民党の三世議員が甘やかされて社会常識を持ってないのとは違う。立憲党の場合は「勉強ができても挨拶ができない」というやつである。それで政治も現実の社会の中で営まれていることの一つ、ということを解らないのだ。
おそらく、れいわ組だけでなく共産党も、さぞイライラさせられていることだろう。



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