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  • 執筆者の写真井上靜

桐島聡が本物なら…

 末期がんで入院している患者が死の寸前に自分は指名手配者の桐島聡だと明かした。

 これは実際にそうだったのか、明確にするには材料が乏しかった。指名手配のさい名前と顔写真の他には指紋などが無かった。しかし当人としては、死亡診断書などを作成するさい誰だか不明確では困ると思ったらしい。

 この指名手配の写真を交番で見た人は多い。しかし昔の写真で、今では老人だから外見が変わって判らないだろうと言われていた。もう死んでいるだろうと言っていた人も多い。



 『ゴールデンボーイ』という映画があった。

 スチーブンキングの小説が原作で、逃亡しているナチ戦犯容疑者の老人が入院中に正体を知る人と会ってしまい自決する一方、その直前に老人と出会った少年は、その話を興味本位で聞いているうちに影響され、世の中から役立たずの人を抹殺すべきだと思い浮浪者を次々と殺害しては満足するという、怖い話である。

 では、その桐島さんに影響された少年はいただろうか。


 その小説はオムニバスで、同収録には『スタンドバイミー』の題で映画化された話がある。

 しかし同じ少年の話でもナチズムに影響され殺人事件を起こすという話は危ないので、最初は出版社が収録を躊躇したと伝えられる。

 さて『スタンドバイミー』の主演リバーフェニックスは、後に『旅立ちの時』というシドニールメット監督の社会派青春映画に主演していた。ここでは、主人公の両親が、先日死去した指名手配者を名乗る人と同じく反権力の立場で爆弾事件に関与し、それで逃亡中であった。

 この両親はベトナム戦争に怒って軍事工場を爆破したが、その巻き添えで警備員を犠牲にしたことを悔いていた。しかし元の原因である戦争をしている国の権力から裁かれて罪を償ったことになるのは納得できないから逃亡し、同情した人たちが密かに生活費を寄付していた。フィクションだが夫婦にはモデルがいる。


 桐島聡を名乗る人は、人を殺してない。

 ただ違法な爆発物を取扱っていた。だから死ぬまで逃亡するより刑務所に入ったほうが短い刑期だったはずで、逃亡は間違えた対応だと言う人もいた。江川紹子なんかが、そんなことを言っていた。

 彼はアナキストだったらしい。だから、リバーフェニックスふんする映画の主人公の両親と同じく、権力から裁かれたくなかったはずである。小松川事件をモデルにした大島渚監督の『絞首刑』で、在日朝鮮人の少年が、自分の罪は認めながら、自分を抑圧・差別してきた権力の象徴である日の丸に向かって「この旗の下で裁かれることを拒否する」と言うのと共通している。


 察するに、彼は逃亡すること自体が目的で、それが反権力の発露だったはずだ。

 そして完遂し、死の直前にカミングアウトしたということ。

 ちょうど、赤狩りでハリウッドを追われたダルトントランボが、偽名で書いた脚本でアカデミー賞を取り、その後に脚本を書いた『パピヨン』では、脱獄した主人公が「ザマミロ、俺はここだ」と原作にはないセリフを叫ぶが、これと同じ心情だったはずだ。


 しかし、権勢に媚びて上から目線で優越感を丸出しする江川紹子のような人たちには、とうてい理解できないということだ。

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