朝日新聞に花束を
- 井上靜

- 2021年10月31日
- 読了時間: 2分
朝日新聞の内容が劣悪すぎて料金に見合わないからデジタルも解約したという雑誌記者がいた。
これは何年も前から続いていたことの結果で、記者が真面目にやっているのに社長が政治家の圧力に屈したり慣れ合ったりしたりで、左遷された記者までいたほどだから、こうなることは予見できた。
それよりさらに前から現役記者も告白していた。
例えば、外国の新聞社で、勤務している記者が他の雑誌などから記事や論評を書く依頼を受けることがあると、それだけ活躍している記者がいるということだから新聞社としては誇りだけれど、日本では組織に忠誠でないという低い評価をされてしまいかねない。
そういう事情の違いがあるうえ、記者としての仕事が出来ない人が管理職になり僻み根性で仕事の妨害をすることがある。普通は、自分が記者としての仕事をできなければ、その代わり管理職になって他の記者が仕事しやすくすることで会社組織に貢献し、これは才能の種類が違うのだから仕方ないということで納得できるはずだ。どんな種類の会社と業務でも、みんな同じである。
ところがそうではなく、自分のできなかった仕事をしている人に嫉妬して、管理職になったことを利用して仕事の妨害をする。こういうことが、朝日新聞にあったということだ。
この話に、当時は「まあ、そんな人どんな会社にもいるな」と受け止められていた。
それだけでは、どうも済まなかったらしい。その挙句の果てが、今の体たらくと惨状というわけである。
ただ、そんな話ばかりしていては希望がないと考える人もいる。
あのダニエル-キースは『アルジャーノンに花束を』の原稿を複数の編集者から、主人公が去ってゆく切ないハッピーエンドではなく、主人公が結婚してのハッピーエンドに変更するよう求められて断ったそうだ。それは物語では駄目だが、批評では時々の情勢から結論が変わることがあっても当然である。それで要請に応じたり改変も容認したりする。これでどうだったのかは結果論にすぎない。




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