原発でもウクライナでも行った話を何処に売るのか
- 井上靜

- 2022年6月8日
- 読了時間: 3分
今、何人かのフリーランス「ジャーナリスト」たちがウクライナの現場に行ったと誇っているのは、とうに時代遅れだ。
今は厳しい取材制限があるから、記者クラブと同じ報道にしかなりえない。かつてWEB論座というデタラメなサイトで「中東取材20年」という連載をしていた元朝日新聞記者は「取材」ではなく「不在」だということを色々な人が指摘していたけれど、それより前に拙書『朝日新聞…』(ホームページ参照)で取り上げていた。これもNATO軍記者クラブの垂れ流し受け売りでしかないのに「20年も現場に」と虚しい自己正当化の元朝日だった、という問題である。
また、せっかく費用をかけてシリアやウクライナに行ったのだから、記事や談話を相当の値段でマスコミ買ってもらわないと困る。
それで大手メディアと同じ欧米に迎合した戦争翼賛になる。昔は、フリーランスのジャーナリストは無理して外国に行くなどしているため元を取ろうとし、結果は大手の「ブルジョア新聞」に勤務する記者よりひどかったものだけれど、今は大手新聞が「遣り手ババア」的な立場になっている。乞食フリーランスのジャーナリストに嫌なことは押し付けるということだ。
原発事故でも、業界から金をもらっている人が「私は現場に行った。大丈夫だ。地元の人たちも至って冷静だ」とテレビで騒ぎ続けていた。
戦争と難民のことでも、救援に外国に行ったから自分は他の人と違ってよく知っているが、難民は施しが足りないと不満ばかり言って性格が悪い連中だ、と週刊誌で騒いだ人もいた。
現場に行ったなんてことを殊更に強調する人は、なんの問題でも同じなのだ。
もともと刑事司法の問題では、記者クラブ垂れ流しでマスコミが作った冤罪を批判すると「犯人をかばうのか。被害者のことも考えろ」の反応が、マスコミに扇動された蒙昧な大衆のマスヒステリーパラノイア現象としてあるのが常だった。
そしてウクライナで起きたとされる事件でも、真相は何かと言うだけで「ロシア擁護だ。犠牲者を貶めるな」と言う人たちがいて、それが扇動された大衆ではなくいちおうジャーナリストを自称している者が言う。
つまり、その自称ジャーナリストの「取材」とやらも、実は記者クラブ発表のような内容でしかないと判る。既に指摘もされているとおり、そんな「ジャーナリスト」のしたこととは制限されたところで取材したつもりで、それらしい背景を探し、その前に立ち証拠写真の撮影をしてきただけ。
こうして今、戦争反対と言いながらロシアを悪者に仕立て対米従属に誘導し改憲にもってこうと大手マスコミおよび下請けの奴隷的フリーランスのジャーナリストが跋扈している。
かつては反自民と言いながら、もっと日本の政治を右に寄せて改憲にもっていこうとの意図から、小選挙区制で政権交代とマスコミで叫んでいた人たちと同じ口が、今は平和とか言って騙している。
なぜなら、騙される人は何度でも騙されるからだ。




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