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  • 井上靜

『しんぶん赤旗』は限界

 先の話題で、日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』の迷信をとりあげた。

 『赤旗』は商業メディアで報道が不可能な内容を載せているので、大手マスコミでは得られない情報が得られて有益であるという迷信のことだ。

 その実態は『赤旗』の内容が特に商業メディアと違うものではなく、それを違うことにして売っているし、買っている方も解っていて、しかし中には売り口上を真に受けている人がいる。そこが迷信なのだ。

 また、「民商」に加入して世話になっている商店主などの何か義理がある人が『赤旗』をカンパの意味で購読して料金を払っているけれど、そういう見返りが無いのに『赤旗』を購読している人が時々いて、そんな人は何かと期待外れで怒るけれど勘違いしている自分が悪いのだ。

 そういう話題だった。


 『赤旗』の購読者と発行部数は激減している。

 これは今始まったことではなく、紙媒体の占める割合が低下していることは、あらゆるメディアについて言えることだ。だが、ここで『赤旗』は経営難のため商業紙と同じことを始めた。すなわち経費の削減で独自取材を大幅に減らし、情報源を他所に頼る。これで商業メディアの露骨な受け売りばかりになる。大手マスコミとは違うかのように装うことすらしなくなったのだ。

 これだから、『赤旗』の売り口上は虚偽宣伝だという認識が社会に浸透した。それで『赤旗』の「押し売り」などと非難されるのだ。



 これが『聖教新聞』だと「お布施」であるから問題ない。

 もともと宗教団体なんて主な関心は金というのが世界の常識だし、特に創価学会は統一教会とともに評判が悪い。それゆえ機関紙だって所詮そんなものだと思われている。

 しかし『赤旗』は違う。政治・経済に批判的であれば、それを訴えたくて熱心に購読を勧めていることに(少なくとも形式的・建前的には)なるが、その批判が薄まれば薄まるほど、熱心な購読勧誘は金のためでしかないということになり「押し売り」と非難される。機関紙収入は党財政の中心だから、そのためだけに売っているのだ、という具合に。

 また、批判精神の欠如した機関紙と同じ水準の党議員と党職員たちでは、庶民のために働くことが出来ない。『赤旗』を売って得た金はあくまで自分たちの給与である。そんな所のそんな人たちには全く期待できないし、生活が苦しいのに金を渡すなんて冗談じゃない。


 しかし『赤旗』で働く人たちは平気でいるようだ。

 おそらく、自分が定年になるまで持てばいい、くらいに思っているのだろう。それは勝手だが、機関紙収入が無くなっては、政党助成金を拒否して健全な党運営ということが出来なくなるだろう。 

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