「問題ない」という無責任国の日本
- 井上靜

- 2023年12月11日
- 読了時間: 2分
更新日:2023年12月11日
悪名高い三代目の河野太郎が「特に問題ない」と言った。
これは、例の健康保険証を廃止することについてだ。マイナンバーカードを強制するため、医療の現場に混乱をもたらしていて、さらに健康保険証を廃止するというのだから、当然ながら様々な問題が指摘されている。それでも河野太郎は「特に問題ない」と言い放った。
もちろん、彼が何も考えていないことは明らかだ。少しでも考えたら、そんなことは言えまい。

これは河野太郎に限ったことではない。
例えば、公安委員会が警察の不正についても「何も問題ない」と必ず言う。警官の暴力で障害を負った人の話や、警官の性的暴行で身体的・精神的な被害に遭った女性の訴えについても、事実の有無を問題にするのではなく、事実が存在していても「何も問題ない」と言う。それを文書にして平気でいるし、被害者に送付して侮辱する。
また弁護士会だって、日弁連だって、弁護士の怠慢や横領・着服などの不正について、「特に問題ない」と必ず言うし、平気で文書にする。
このように、責任ある立場の者が無責任な態度を当たり前にしている。
それだけ無責任社会の日本であり、これは昔からのことだった。ただ、それでも恥を知っていた。だから、責任はとらなくても、そんな人は後に役から外されたものだった。
そうでなくなったのは、安倍晋三の長期政権の影響だろう。あれほど恥知らずの大人というより餓鬼丸出しが自分ではなく家系の力で偉そうにしていたのだから。そこで三代目の河野太郎も同じ恥知らずぶりを発揮しているということだろう。
この調子であるからマイナンバーカードでも同じだ。
そこでなにかあっても、被害が具体的でも、やはり「問題ない」と言うだろう。これは前に地元の役所に質問したが「仮定の質問には答えられない」という、菅官房長官式の回答が書面であった。
これは流行っているが、もともとハグラカシとして昔からあった。では「もしも外国から武力攻撃を受けたら、どう自衛隊は対応するのか」などの質問にも「仮定の質問には答えられない」と言えばいい。もう政策など無用ということだ。



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