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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月19日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年4月19日

 功成り名遂げた人は都会に住むものなのか。

 先日、ちょっとマスコミに顔を出していたから知られている人が、地方で仕事を得て地元に居を構えていることを、都会に住めなくなったのかと言われていた。それなりの仕事があるなら地方だって良いことがある。もちろん地方ゆえの余計な出費もあるから、具体的な計算と比較をしなければ何とも言えないが。

 また、一旗あげたくて都会に出てきたけれど挫折して地方に帰ることもあるけれど、それは都会に住めなくなった、というのとは違う。


 都会に住めなくなった人は、地方というより新興住宅地に住むものだ。

 それで犠牲になる子供たちを、アメリカ映画『レベルポイント』が描いていた。監督は、後に『告発の行方』などを撮るジョナサン=カプラン。ここの住民は「都会を捨てた人達」と呼ばれるが、近い時期にヒットして続編も造られた『アドベンチャーファミリー』(スチュアート=ラフィル監督)のように、大気汚染を逃れるために都会を去って山奥に移住して自然と格闘する家族とは違う。

 その新興住宅地では、まだ完成しない家が並び、映画館など娯楽施設が無い。田舎でも自然の中で生活しているのでもなく、ただ半端な町で殺伐とした雰囲気でさえある。



 唯一の娯楽場は、児童館的な溜まり場のみ。

 これを警察は非行の温床と見ている。これは警戒しているというより子供たちを見下しているからだ。その証拠に、一部の素行が良くない少年を見張っているさい、そうではない他の子供たちに対しても威圧的である。こうなるのは、親が社会の「負け組」だから。

 では学校の教師は何をしているのか。非行があってから教師は非難されるが、そうなる前に子供たちの問題について懇談会を開催しても、親は出てこない。まるで無関心。何かと意識が低いからだ。そんな親ほど後から文句を言う。

 ついに十代の鬱憤が暴動を起こし、制圧されて、関与した子供たちは鑑別所に送られる。普段は真面目な子まで。


 この映画は、あの当時(1970年代)に、よく描けたというものだった。

 どうやら物語の一部に実話が混ざっているらしく、それで細かい部分の配慮が効いているのだろう。これが日本のドラマだと、だいたい都会と地方(田舎)という単純二分化になっているし、新興住宅地を取り上げてはいても、そこでの生活を強いられる子供という視点は無かったはずである。

 そのようにしかドラマが作られない日本の事情、すなわち一般的な社会意識の低さが、名を知られた人が地方に住むことを、都会に住めないと誤認させるのだろう。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月18日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年4月18日

 俳優の伊東四朗は、東京大学の食堂でアルバイトしたことがあるそうだ。

 それは厨房で働いていたそうで「だから卒業生で俺が作ったピラフを食べた人がいる」と言っていた。

 ところで東京大学の食堂で食べたことがある。身内が学生なので、一緒に。ここの食堂は結構いいのではないかと思った。

 前にテレビドラマで、主人公が娘の入った大学へ一緒に行き、そのさい父さんは大学の時にどうだったのかと質問される場面があった。そんなふうに、自分が大学でどんなものをたべていたかという話になった。



 かつて通っていた大学には複数の食堂があった。

 それくらい普通のことで、もっと大きなユニバーシティでは学部毎に食堂があるくらいだから。それで、通っていた大学には「レストラン」と銘打った所もあったのだ。ただの学食だけど。

 そこについて、当時、語学で同じ組の男が「不味いじゃん!チンタラやってるし」と嫌悪感も露わに言ったことがあった。たしかに、不味いと言っても不当ではないくらい美味しく無かったし、遅いというよりチンタラというのがピッタリなほど従業員の態度が悪かった。だから行かなくなった。



 また、大学の通信制を受講した人が言っていた。

 通信制があるということは他の大学のことである。自分が通った大学には通信制は無かった。通信制は、通学生が夏休みの間に大学に行ってチェックしたりするけれど、そのさい学食に行ったら献立の何もかも凄く不味くて、よく通学生は我慢して食べてるものだと呆れたそうだ。

 こういう話は、あちこちで聴くから、学食が不味い大学は相当にあるということだ。自分が通っているのとは別の大学でアルバイトしたことがある。これは自宅が近かったからだ。その大学の学食も美味しくなかった。


 学食が不味いのは学生を大事にしてないからだろう。

 東大の学食が結構いいのは、他よりは学生を大事にしているからではないか。だから高校生が大学を決めるのに、学食も判断材料になるのではないか。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月17日
  • 読了時間: 2分

 枝野幸男が、減税に賛同する者は離党しろと発言した。

 これは彼が作った立憲党の集まりでのことだった。減税しない方針で野田代表になっているのだから、文句があるなら出て行けというわけだ。



 しかし、結党の基本を否定したのとは違いあくまで次の選挙で掲げる政策であり、まだ議論の段階である。出て行けと言うのは選挙にさいして背いた行動を取り結束を乱してから、である。

 しかも枝野幸男が言うのは、減税について他党が前向きになっているので、これを踏まえて税制の勉強をしている党員がいることを指している。そう明言していた。他党との協力をどうするのかも含めて論争することもあり得るから勉強していることに対して、すでに決まっているのだから無用だと言うわけだ。


 そのさい枝野幸男は減税をポピュリズムだと言っていた。

 ポピュリズムとは、選挙でいうなら、一時的な人気取りだけで筋が通っていない政策や公約を掲げることである。

 しかし、ここで言う減税とは、今の経済の状態から必要だと言われて出てきた話である。特に消費税は購買の妨げになり経済が循環しなくなっている。また、人件費にも課税される結果になるので、それを少なくするには社会保険料が加わらない非正規雇用にするしかなく、これにより就労と収入の不安定となって増々の消費抑制につながっている。

 などなど具体性のある経済の問題から導き出されて、減税とくに消費税の税率引き下げまたは廃止が主張されている。

 これに対して違うと言うなら反論すべきであって、ポピュリズムと言うのは的外れである。


 結局のところ枝野幸男の話には具体性も根拠も無い。

 ただ、自民党と同じ政策をするのが立憲党であると決まっているから、他の野党の政策を見て立憲党としてはどうするか議論することは許さないから出て行けというのだ。

 これでは、出て行くべきなのは枝野幸男の方であり、結党の意味が無いのだから解党するべきである。

 この人は、もともと俄かな政治好きだから、こうなることは容易に予想できた。政治家をやっているうちに成長したならともかく、そうではなく地金が露わとなっただけのようである。

 
 
 
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