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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年6月25日
  • 読了時間: 2分

 選挙について公正を期すためネット規制しろと言う人たちがいる。

 もちろんこれは、自民党の側からのものだ。つまり言論弾圧の口実であること見え見えである。ところが、自民党に批判的な人でさえ、ネットにデマが流布されているのが深刻という認識である。そんなものはちっとも害がないから、問題にすることはないのに。

 それに少しは騙される人がいるだろうけれど、圧倒的な多数の人達は直ぐに気づくものだ。



 デマに対抗するためにはマスコミが正しい発信をすべきと言う人もいる。

 つまりマスコミ妄信である。どういうわけだか、政権に批判的な人が、マスコミを正しいと思っている。マスコミがあからさまな嘘を垂れ流しているから、それに多くの人たちが騙されて、失政や腐敗の連続である政権が維持されている、という認識がない。

 そもそもマスコミはネットどころではないデマゴーグである。


 どうして、もともとは常識だったことが常識ではなくなったのか。

 もともと、というのはマスコミが権力と金力に弱いという認識のことである。これと同じ図式で、ネットでデマが流されているにすぎない。

 だから、ネットのデマに対抗してマスコミが正しい報道をするべきだというのは、とんでもない間違った認識に基いた戯言である。


 ネットのデマは選挙に悪影響すると言っている人がいる。

 それは本気で言っているのだろうか。それなら、この間の都議会議員選挙で、大手の新聞とテレビが、与党を贔屓して、野党でも与党の亜流だと議席も実績もないのに取り上げて宣伝し、野党第一党である共産党をネグレクトしていた実態は、どうなのか。

 こんなことばかりしているマスコミが正しくて、ネットはデマばかりだと言っている人たちは、なんなのか。


 それは自民党を応援するための工作だろう。

 自民党を有利にしようとする報道という名の世論操作をしているマスコミを正しいと信じさせて、これを批判する人がネットに投稿しても信じさせないようにしているのだ。そうでなく本気でマスコミは正しいと思っているとしたら、その人はだだのバカである。

 そういうバカもいるだろうが、そうではなく、自民党に批判的な人の多くは偽装である。騙されてはいけない。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年6月24日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年6月25日

 立憲民主党の原口一博衆院議員がベッドからの転落で負傷し入院した。

 これを自らSNSのバツ(エックスともいう)で公表した。「スタッフ投稿」として、「怪我で入院します全ての予定をキャンセル致します。申し訳ございません」と。

 同日の夜、投稿で「疲労して眠っていたところ突然、強い衝撃を受けて起き上がれなくなりました。気づけばベットから投げ出されていました」と明かした。

 これだと怖い映画を連想させる。『エクソシスト』や『ポルターガイスト』など。

 

 また、原口一博議員は、酸素マスクをつけた状態の自身の写真を公開した。

 「右目のまわりが打撲したのか黒く腫れ、左の脇腹の肋骨が7本折れていました」「自力で救急車を呼んで搬送されたものの、強い痛みで息が良く吸えず酸素吸入をしています」と説明を加えた。

 しかし、ベッドから落ちたくらいでそんな重症になるのか、もしかしたら襲われたのではないかと心配の声があがった。これを原口議員は否定している。



 骨折が不可解だから実は襲われたと噂する人たちがいる。

 だが、本人は自己転倒と言ってるし、あと、遺伝体質で骨に難があると公言していた。そのためだと考えるほうが自然である。

 それなのに、よく、歴史修正主義者として渡部昇一と連名で声明を発表できたものだと呆れられていた。渡部昇一上智大学教授は統一協会と緊密で、歴史修正主義は商売であった。そしてもう一つ有名なのは、遺伝病の子供を作るなんて社会に迷惑だと公言したこと。だから劣悪遺伝子排除のナチズムには功績があると主張した。これを『週刊文春』で発表した。



 この点でもう一人、不可解な人が舩後靖彦議員である。

 もう立候補しないという声明を発表したれいわ新選組の舩後靖彦議員は、重度の身体障害者なのにナチズムに共鳴して自ら積極的に入党したハイデガーを「今世紀最大の哲学者」讃え、極右思想を信奉していることを公言し、当選したら安倍首相からお祝いを言われていた。

 だかられいわ新選組の舩後靖彦議員は、立憲民主党の原口一博と同様に、自らの存在を全否定する思想に共鳴しているとしか思えない。

 そして、そんな人を誘った山本太郎議員の考えも理解できなかった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年6月23日
  • 読了時間: 2分

 選択制夫婦別姓に反対する政治勢力が執拗だ。

 だから国会でも法律が作れないままでいる。反対している人たちの話は荒唐無稽で、まるで理由になってない。何か害毒があるという思い込みで反対している人もいるかもしれないが、多くは反対のための反対だろう。

 では、なぜそこまで意固地になるのか。


 推進派は「選択制」なのに反対するのはおかしいと言う。

 それは、いちおう、そうだろう。自分は夫婦別姓したくないなら、そうすればいい。それなのに反対するなんておかしいと思うはずだ。しかし、そうではないのだ。むしろ夫婦別姓に反対している人たちは選択制だから反対している。

 だから、夫婦別姓そのものに反対する理由がなくて、反対のための反対をしている、という図式だ。


 強制的な夫婦別姓なら、頑なに反対していた人達が賛成するだろう。

 逆に、選択制だから賛成していた人たちは、強制はおかしいと言って反対するだろう。つまり夫婦別姓に反対している人たちは、人それぞれであることを嫌悪しているのだ。そして自分で判断して決めるということを罪悪視している。

 だから、自分が夫婦同姓が良いならすればいいだけなのに、それを他人にまで強制したがる。自分の都合や好みを他人に強要するのではなく、みんな同じでないと心配だからだ。


 これは注射やマスクと同じことである。

 だから、効果は気休め程度のマスクを同調圧力に利用し、また、薬が効かなくても、害があっても、そんなことは関係ない。あくまで、みんな同じにするためだから。自分の命に関わることだから最大級の自己決定権が尊重されることなのに、みんなに迷惑をかけないようにという圧力で強制する。

 そして薬害の報告があると、途端に、それまでとってきた態度についてしらばっくれる。そして一律で止めようという話になるとあっさり同調する。

 

 

 つまり、みんな同じでないと安心できない人たちが多いということだ。 


 
 
 
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