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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年10月28日
  • 読了時間: 2分

 田原総一朗の「死んでしまえと言えばいい」の発言。

 これが非難されて、その出演番組は打ち切りとなった。田原総一朗の発言がひんしゅくを買うのは今始まったことではない。ところが、これまではどんなに非難されても平気でいたのに、高市早苗に関わる発言だと途端に番組が打ち切りとなった。さすが、なにか有れば電場を停止させると発言していた高市早苗だから、そんなことされたらたまらないということになったみたいだ。

 日本のテレビの報道・言論の自由など、しょせんその程度ということだ。


 田原総一朗の娘がテレビ朝日に務めている。

 その、田原総一朗の長女=田原敦子が、BS朝日の内部であった事情を暴露した。 田原の「死んでしまえと言えばいい」という発言は、放送されたら非難されるであろうことが予想できるので、そこは編集のさい削除するように依頼したが、番組のプロデューサーは「大丈夫」と笑いながら言って聞き容れず、そのまま放送されたそうだ。

 だから、それを言った父が最も悪いとしながらも、良くないと事前に判断して放送しないよう頼んだのに無視されたのだから、責任は父だけにあるのか、プロデューサーや局の上層部は厄介者の父を追放して安堵しているのだろうか、と長女は問いかけていた。



 これは悪名高い番組『そこまで言って委員会』と同じだ。

 ここで例の橋下徹も、チョット危ういと考え直して発言した部分のカットを頼んだのに無視されてしまい、放送後に問題になって謝罪する羽目になったことがあった。

 おそらく、テレビ局にとって出演者なんて利用するだけの消耗品なのだろう。 だからウケを狙って常識などお構いなしで、それがひんしゅくを買ってしまったら出演者のせいにして切り捨てたりする。

 こんな調子で製作されているテレビ番組を観るなんて、時間その他いろいろな無駄である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年10月27日
  • 読了時間: 4分

 エホバの証人の信者を親に持つ子供が家出の話をしていた。

 これは、親が信仰を押し付けるので嫌になったからだという。それでエホバの証人を叩いている人たちがいる。しかし、宗教の信仰や政治的な思想信条を自分の子供に押し付ける人は、とてもよくある話であるから、この問題はエホバの証人だけに限らない。他にもセクハラとか児童虐待とか、宗教団体には付き物の問題である。

 それに、エホバの証人の教義が極めて独特であるから、それに総て従おうとしたら狂信的に見えて当然のことではあるけれど、狂信者になるのは教義よりむしろ信者の事情による。


 あの『キャリー』という小説に描かれているのが有名だ。

 これは映画化が良く知られていて再映画もされているが、大ヒットして作者も一躍ベストセラー作家になった最初の映画化では、主人公が育ったのは母子家庭であることまでは判るが、そうなった経緯については説明不足である。

 原作の小説では、主人公の父親は労働災害で死亡したと説明されている。建設作業員だったから、事故の危険は他の仕事より多い。ところが主人公の母親は、夫の事故死のショックから、信仰している宗教の戒律を遵守しなかったから天罰だと思い込み、教義に忠実であろうと必死になる。そして通っていたキリスト教会は「根本主義」と言われる宗派なので、聖書を一字一句まで忠実に現代の生活にあてはめようとするから、それを徹底遵守する母親は傍から見ると全く狂信者である。

 

 どんな宗教も、戒律をどこまで忠実に守るかは信者に委ねられている。

 これはエホバの証人も同じで、例えば特に特異な教義であり宗教学者たちから聖書の曲解だと批判されている、あの血を取り入れてはいけないという戒律も、それで菜食主義になっている信者もいれば、肉を絞ってオカラみたいにして食べている信者もいるし、病気や怪我での輸血は個々の信者の判断である。そして実際には、輸血すれば絶対に助かり、しないと確実に死ぬ、という事態はほとんど無いに近いから、あまり問題にならならいのが現実である。

 つまり、問題になるとしたら、自分のことを自分で判断するだけならいいが、親が自分の子供にどこまで強いて良いかという点である。



 また、自分の意思で信者を辞めることについてエホバの証人は比較的寛容である。

 これに比べたら、もっと不寛容な宗教団体はたくさんある。特に悪名高いのが創価学会で、脅したり強要したりは当たり前。かつては創価学会から抜けたくて困っている人を、自民党と共産党が一緒に協力して脱退させていた。それが公明党との連立で自民党は協力しなくなった。しかし連立が解消されたから、また自民党も協力してくれるようになってくれたら結構なことである。

 こうしてみると、エホバの証人ばかり叩かれるのは不当である。


 これは、エホバの証人が神を尊重していることが原因である。

 なんで神を尊重する宗教だから叩かれるのか。神が優先だから、世俗のものは優先順位が低く、これは政治に対しても同じであるから。それで、権力を恐れない。このため実際にエホバの証人は非暴力主義や戦争反対で功績がある。輸血の問題も、ハイリスクなのに安易だった医学界が慎重になったのはエホバの証人が騒動となったお陰様である。

 だいたい、宗教団体は処世術で権力に媚びる。統一協会など、あれだけタチの悪いことをしまくっても政治家と癒着しているからお咎めなしである。

 それに対してエホバの証人は、権力者より神が偉いということを徹底している。それで厄介だから叩かれるのだ。

 だからエホバの証人の特異な教義に顔をしかめても、安易なバッシングに同調してはならない。良く知ると見直すことがあるほどなのだから。


 もちろん、創価学会や統一協会に比べたら、どんな宗教団体もマシだと言えてしまう、と怒られそうであるが、このことは別の問題である。


 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年10月26日
  • 読了時間: 2分

 日本弁護士連合会(以下、日弁連)が国旗毀損罪に反対する理由は、だいたい次のとおりである。

 外国の国旗を毀損した場合は罪になることがあるけれど、その外国が怒って日本に文句を言った場合に限る。その場合は外交などでこじれ、日本としても国益を損なうからだ。このように明確な法益がある。これに対して自国の国旗で罪に問うても明確な法益がない。

 また、他人の所有物である国旗が掲げられているのを毀損したら器物損壊罪になるから、今でも刑事の事件になる。なので国旗損壊罪は自分の所有物の国旗を毀損しても罪にしようということだから、政府に抗議するデモでも取り締まることができてしまう。こういう場合についてアメリカでは最高裁が「国旗保護法」は表現の自由を侵害するので違憲だと判断している。

 そのうえ、特に日本の場合は戦前から同じ国旗であるため、これに反対して変更するべきだと主張する人もいるほどで、そういう国民感情に配慮せず一律に刑罰で抑圧することがあってはならない。



 このように、すでに指摘されていることの焼き直しである。

 それでも、日弁連が具体的な行動を起こすなら大いに結構なことである。しかし相変わらず表向きの、批判したというアリバイ作りのためだけの、声明である。

 もともと日弁連は、声明だけで何もしない。気取っているばかりの「進歩的文化人」と同じである。

 それどころか、実は声明の裏では権力の側に付いて市民を迫害しているのだ。

 そもそも、今までこのようなファッショ的な権力を批判して命がけで闘っている市民を、弁護士が護っていたら、ここまで酷い事態にはならなかった。個々の弁護士は、権力と闘うと大変だし金儲けにならないというという態度だが、日弁連は声明だけだと楽でいいという安易さである。

 そして裏では権勢に媚びる。権力に擦り寄る。市民を迫害する。これが弁護士および各弁護士会と日弁連の実態である。


 もちろん、昔から今まで、日本で弁護士に幻想を抱いている人は、そう多くないが。

 それでも、騙されないように気をつけないといけない。マスコミ向けにアリバイ作りで声明だけ発する日弁連の空々しさにもかかわらず、それでも気づかない人がまだまだいるのだから。

 あと。空々しくて実質の伴わない声明でいちいち反感を持つのは統一協会やネトウヨの方面で、弁護士にもいるが、そういう人は論外である。

 

 
 
 
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