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​炬火 Die Fackel 

ピアノのプロになっちゃって、お気の毒としか言いようがない


 別のサイトにある前のブログで、ピアノ教則本がバイエル一辺倒なのは日本だけだと批判的に論じる本の話題を取り上げたことがある。

 これはピアノ教室のインストラクターが著したもので、バイエルだと知識の習得で効率が悪いという問題も指摘するものだった。



 これに対しコメント欄に、とにかく練習すればいいのだと書いた人がいた。

 そして匿名だけど「ピアノでプロやってますが、何か?」と。しめくくりはネット掲示板によくある決まり文句だった。この言い回しは、あの当時でも少々古くなっていた。だから可笑しかった。

 おそらく、教則本が何であっても、ひたすら練習すれば上達するものだ、と言うわけだ。それで俺様はプロになったと自慢しているのだろう。それ以外の意味は無い言い方だ。


 しかし答えは「芸人になっちゃったのか。お気の毒に」である。

 そもそも、楽器の練習をするにしても、そればっかりの暇人は少ないから、教則本の効率が話題になる。あくまで趣味であるから当たり前のこと。そればっかりでプロになる人は、社会的地位が低い。どんなに華やかに装っても、しょせんは「川原乞食」の一種である。


 これが今のコロナウイルス新型肺炎のため、より明確になったのだ。

 だから音楽でも演劇でも、政府から冷遇どころか迫害されている。飲食店とくに酒を扱う水商売の人たちも同じである。政府が不公平な対応をして平気でいるのは、それを不当なことだとは思わない人が社会の中に多いからだ。そんな人々の意識が政府を支えているのだ。

 これが現実なのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年6月23日
  • 読了時間: 2分

 『クラシック音楽館』で、札幌交響楽団の演奏・秋山和慶の指揮により武満徹が作曲した映画『乱』の音楽を放送していたそうだ。

 この音楽は、映画のオリジナル-サウンドトラックも札幌交響楽団の演奏で、指揮は岩城宏之だった。最初はロンドン交響楽団に演奏を依頼しようという話だったが、武満徹の薦めで札幌交響楽団となったエピソードも番組で紹介されたとのこと。


 このエピソードは、武満徹がインタビューで語ったことによると、ロンドン交響楽団なら映画音楽をよくやっているので演奏を依頼しようとフランス人の製作者セルジュ-シルベルマン(後に大島渚のウケなかった映画『マックス-モン-アムール』の製作も手掛けている)は言ったが、時代劇なのでオーケストラに和楽器を加えるから、その演奏家を外国に連れていくと手間暇がかかってしまい、それより日本国内で演奏と録音をしたほうが効率的と武満徹は言ったそうだ。

 また、ロンドン交響楽団は映画音楽のやりすぎで技術的低下を来していると武満徹は難色を示したと言う。



 しかし、札幌交響楽団も映画やミュージカルなどポピュラー音楽も積極的に演奏しているから、武満徹の言うことは不可解であった。

 さらに、武満徹が札幌交響楽団を希望したのは、そこに親しい岩城宏之が常任指揮者かなにかの地位にいたからだと言った。ロンドン交響楽団が映画音楽の演奏をよくやるようになったのは『スターウォーズ』が大ヒットしてアカデミー賞やグラミー賞を受けたからだが、作曲したジョン-ウイリアムズがロンドン交響楽団に依頼したのは、当時同楽団には仲良しのアンドレ-プレビンがいたからだと言っていた。


 つまり、頼み易かったということだ。

 自分が作曲家の立場だったらと考えれば、誰でも解かるはずだ。スタジオに演奏家たちを寄せ集めての録音ではなく、もともと一まとまりに組織化されている楽団であれば、一人一人が気位の高いプロであり、それが何十人も徒党を組んでいるようなもので、それに対して自分の作った曲を演奏してくれと頼むとなると「なんだ、こんな曲」とか言われないかと心配になって、気が重くもなるだろう。

 結局は、そういうことだったはず。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年5月4日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月23日

 外国料理が大好きな知人は、しかし本格的な外国料理だと「そのもの」だから口に合わないと言う。

 それなら和食にすれば良いとはいかない。日本の料理は大体が不味いから。食べる楽しみというものを日本人が伝統的に解っていない証左だと言う。

 それで、外国料理だけれど日本人の慣れている範囲に味付けされているものが最も美味しいというわけだ。

 こういう人は圧倒的多数派だろう。意識したり口に出したりしないだけで。そもそも日本に浸透した外国料理は、先覚者たちが日本人の味覚に合うアレンジをしているものだ。



 これと同じことが、音楽にも言える。

 もともと日本の音楽は野暮ったいもので、これは日本人が伝統的に音楽の愉しさを解っていない証左だ。それで、次第に外国の音楽に関心を持つようになり、その関心は次第に強くなってきた。

 ただ、外国の音楽そのものだと聴き慣れていないから耳に合わないと言う人が少なくなかった。特に歌の場合は歌詞が外国語だと取っつきにくいと言う人もいる。

 それで、洋楽ふうであるが、あくまで「ふう」であり洋楽ではなく、日本人が昔から慣れ親しんできた音の配列などを意識した音楽に人気が集まったのだ。


 これを意識して音楽作りしてきた最たる作曲家が、相次いで死去した筒美京平と菊池俊輔だった。

 どんな詩でも筒美京平が節回しを付ければヒット曲になるとか、菊池俊輔が主題歌と劇伴音楽を作曲したら人気番組になるとか、そう言われてきたのだった。

 そんな時代も変わり、高齢になっていた作曲家たちは相次いで世を去った、ということだ。

 
 
 
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