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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年7月29日
  • 読了時間: 2分

 『はだしのゲン』を、まとめて読んだ。

 前から知っていたけど改めて。図書館で借りたのだが、職員によると最近また貸出が増えているそうだ。売れてもいる。その訳は周知のとおり政治的な圧力があって逆に宣伝となったので。



 この物語の最初の方は『少年ジャンプ』に連載されていた。

 その当時、人気漫画ではなかったが、かなりの反響はあった。編集部に理解のある人がいて、こういう内容もたまにはあった方が良いということだったけれど、その人が栄転により居なくなったため打ち切りとなって、また作者としても最初に描きたいことは済ませたという思いだったそうだ。


 このあと続編が別の複数の雑誌に連載された。

 それは政党系や労組系の非商業的機関誌なので、天皇の戦争責任などがセリフに遠慮なく出てくるようになるけれど、その一方で逆にというかエンターテインメント性が『ジャンプ』連載より強まっている。


 もちろん最初は戦時中の話で、後半は戦後の話という違いがある。

 『ジャンプ』の連載では、窮乏する生活や権力による迫害、そして原爆の惨禍が描かれるから、こちらの方が悲惨である。

 ところが、続きは戦後の話になるので、もちろん被爆の後遺症と病気に対する偏見など戦争の傷跡とともに混乱した社会での生活苦などが出て来るものの、それを主人公らが溢れるバイタリティーで乗り切っていく姿が描かれる中心になるから明るい。


 そのうえ、後半のほうが見せ場は派手である。

 例えば主人公が喧嘩をする場面は、最初は小学生だったが後半は中学生になっているので、腕力は強まり、喧嘩慣れしてもいるので、不良らをぶちのめすなど描写が凄まじい。

 さらに主人公の相棒が、当時は珍しくなかった横流しの拳銃を使い、はじめは身を護るため仕方なくのことだったけれど、それが後の方に行くにつれて積極的な使用になり、最後は仲間を残酷に殺害したヤクザ者たちに復讐するため乗り込んでいき殺害するという、任侠映画の殴り込みと変わらないクライマックスである。

 そして自首しようとするが、戦犯たちがのうのうとしているのに被爆者が自らすすんで権力の裁きをうけるなんてバカらしいと逃亡の道を選ぶ。それを見送る主人公。


 そんな仲間の無事を祈りながら別れた主人公は、さらに修行するため東京に向かう。

 そういう結末だけど、とにかく非商業的な機関誌に載った方が派手で娯楽的になるというのが面白い。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年7月20日
  • 読了時間: 2分

 商品が売り切れたら、その後は何というか。

 よくいうのは「販売終了」だが、「生産終了」という場合もある。ただ「在庫なし」で、販売を再開する予定が無いだけのこともあれば、もう止めるという場合もある。


 ところで「完売」という言い方もある。

 これは元々不動産業界用語であった。分譲地や分譲マンションが総て売れたということだ。今日の分は売り切れて儲かっただけでなくロスが無いからと、完全に販売すなわち「完売」ということもあるが、不動産は少々事情が違い、売り切れとは商品が無くなることである。土地はもちろん建物だって売り切れたから増築工事とはやらない。

 だから増産できる商品は在庫無し或いは販売終了か生産終了である。



 ところが、本は増刷するのに「完売」と言うことがある。

 これはおそらくコミケの影響だろう。マンガの同人誌即売会を開催の時だけ売る前提だから、日持ちしない食品を作った分は売り切った、というのと同じように。そして、新聞・雑誌は日・週・月が替わると売れ残りは商品としての価値がなくなる。それで余って返品がないと「完売」という。ただし紙は再生できるから、売れ残りが無いように気を使うのはコストの点からだけで、ここが食品とは違う。

 しかしコミケは小規模に日を限って売る。だから全部捌ければ「完売」である。


 この影響があったであろうことは、時期の一致から推測できる。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年7月19日
  • 読了時間: 2分

 宝くじがまた発売された。

 これは寄付である。

 目的は公共事業の資金集めだが、国債とは違い利子が付いて返ることは無い。稀に当選金がもらえるのは釣り餌で、その当たる確率は隕石に当たって死ぬよりは高いが、どちらも稀すぎて無に近いのは同じである。



 しかも広告で儲ける人の懐に入る金が含まれている。

 この形で、公共のため寄付したつもりでいて中抜きれる。タレントの稼ぎになる広告でもある。

 こんなことに金を使うより、当選金の数を増やすことで購買意欲を刺激したほうがいいと昔から指摘されてきたが、利権亡者たちの激しい抵抗があるのだろう。


 庶民が得したければ買い物でポイントを溜めた方がまだ確実ではある。

 ただし、個人経営の店が客の定着を期待しポイントカードを作るなら、ささやかな応援と少しの見返りとはいえ、やっていて気持ちが良い。ところが、大手だと手間暇と比較したら客は得してないし、別会社や異業種まで跨ぐポイントカードは個人情報を悪用する。かつて犯罪がなくても警察に提供すると公言したTカードの例もある。

 つまり店によるから、自分で吟味することだ。


 なんでも自分で吟味するべきだ。

 可能性が限りなく無に近いことに庶民が金を出して、それを利権にしている連中がいることを知ったら、もう宝くじを買う気になるなどいないのではないか。

 アメリカは富くじが良く売れる国であるが、他人より贅沢したいけれど努力もしたくない人が多い証拠であると昔から言われていた。そんな国になってもいけないだろう。

 
 
 
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