宝くじは寄付である
- 井上靜

- 2023年7月19日
- 読了時間: 2分
宝くじがまた発売された。
これは寄付である。
目的は公共事業の資金集めだが、国債とは違い利子が付いて返ることは無い。稀に当選金がもらえるのは釣り餌で、その当たる確率は隕石に当たって死ぬよりは高いが、どちらも稀すぎて無に近いのは同じである。

しかも広告で儲ける人の懐に入る金が含まれている。
この形で、公共のため寄付したつもりでいて中抜きれる。タレントの稼ぎになる広告でもある。
こんなことに金を使うより、当選金の数を増やすことで購買意欲を刺激したほうがいいと昔から指摘されてきたが、利権亡者たちの激しい抵抗があるのだろう。
庶民が得したければ買い物でポイントを溜めた方がまだ確実ではある。
ただし、個人経営の店が客の定着を期待しポイントカードを作るなら、ささやかな応援と少しの見返りとはいえ、やっていて気持ちが良い。ところが、大手だと手間暇と比較したら客は得してないし、別会社や異業種まで跨ぐポイントカードは個人情報を悪用する。かつて犯罪がなくても警察に提供すると公言したTカードの例もある。
つまり店によるから、自分で吟味することだ。
なんでも自分で吟味するべきだ。
可能性が限りなく無に近いことに庶民が金を出して、それを利権にしている連中がいることを知ったら、もう宝くじを買う気になるなどいないのではないか。
アメリカは富くじが良く売れる国であるが、他人より贅沢したいけれど努力もしたくない人が多い証拠であると昔から言われていた。そんな国になってもいけないだろう。



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