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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年1月27日
  • 読了時間: 2分

 実話に基づいたハリウッド映画『エリン・ブロコビッチ』の場面でスーツの話がでた。

 有害物質の垂れ流しによる汚染事件で、深刻な健康被害を受けた住民に雇われた弁護士に対し、大企業に雇われた弁護士たちは「虎の威を借りる狐」の態度であった。

 そのさい着ていたのは黒くて威圧感のあるスーツで、主人公エリンらは相手方の感じ悪さに、あんな服装は商売柄だろうと言う。



 

 ところで2日に初売りをする店がある。

 そのうち紳士服のチェーン店は毎年恒例としている所がある。拙宅の近所にもあるので、今年は見に行った。店員が、体型を一目見て何型の何号ではないかと言い当てたから、さすがプロだった。

 そして裁判所に来ていくスーツを探している、と言った。今までは裁判所にも洒落たスーツを着て行ったが、やはり威圧感のある黒いスーツにしようと思う旨を話した。そして、ちょうどよいのがあったので買った。


 このさいの話で、黒でも喪服とは違うとのことだった。

 ただ見ていると黒い服も、喪服を着た人と一緒にいると黒く見えなくなる。たしかに、そういう場違い体験をしたことがある。

 一方、結婚披露宴では堅苦しくなくてもいいので楽だが、スピーチして欲しいと言われることがあるので断っている。面白い話をしてくれと言われても、自分が話すと大島渚の映画みたいになってしまうから、と言うことにしている。そうすると誰も頼まない。


 ネット通販は駄目だと言う人たちがいる。

 まず、身につけるものは寸法が合わないことがよくあるので避けると言う人たちがいるけれど、それはまだ細かく測っていれば対応できることで、ほんとうの問題は見た感じであるということだ。実物は写真と違って良くないことが多い。

 これについて、店で働く人が言うには、写真だと実物より良く見えるそうで、そう写すためにカメラマンが撮るからではなく、どんな撮り方をしても着て写真を撮ると必ず実物よりよく見えるのだそうだ。


 そういう次第で威圧感のあるスーツを購入した。

 もちろん裁判所に何を着て行っても良い。知り合いの弁護士が言うには、弁護士は依頼人のために堅い服にしているそうだ。

 和服でもいい。先日、傍聴に来た方は着流しだった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年12月27日
  • 読了時間: 1分

 ある作家が指摘していた。

 「とんでもありません」と言う人が時々いるけれど、これは「とんでもない」の末尾を「無い」であると誤解しているから、丁寧に言うつもりで「ない」を「御座いません」にしているのだ、と。



 かつて山本富士子も言い間違えていた。

 それで、山本嘉次郎監督に注意されていた。その美女さを褒められた山本富士子は謙遜して「とんでもございません」と言ったため、山本嘉次郎に「とんでもございません」という言い方は間違いだと言われたのだ。


 「とんでもな」に「い」が付いているのだ。

 これを、間違える人は「ごぞんじなかった」のだと、その作家は言った。そこで気になったことは「ごぞんじなかった」という言い方も、もとは無かった。「ぞんじています」などは謙譲語である。だから、相手のことで丁寧に言うつもりで「ご存知ですか」は本来なら間違いである。

 だから「とんでもありません」の間違いを指摘しながら、その間違いは正しい言葉を「ごぞんじなかった」と言っているので、その点では少し滑稽であった。


 けれど、「ごぞんじ」は定着してしまった。

 あまりにもよく使われるので、容認されてしまったらしい。しかし言葉の意味をよく考えたら明らかに間違いだから、自分としては使わないようにしている。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年12月26日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年12月26日

 先日、薩摩剣八郎の訃報について話題に取り上げた。

 その芸名からして時代劇の俳優だが、言葉の訛りが強く、殺陣はよいが台詞に難があったところ、ゴジラの中に入って動かす役をすることになったと言われている。

 この最初の映画が84年版の『ゴジラ』だった。今では、よく「ゴジラ84」と呼ばれた。



 84年版『ゴジラ』の時、正月映画は「3G決戦」とマスコミが話題にした。

 『ゴジラ』『グレムリン』『ゴーストバスターズ』で、どれもヒットして続編やリメイクがあった。興行的に客の入りが最も良かったのは『ゴーストバスターズ』だったが、マスコミや批評家から出来が良いと言われたのは『グレムリン』だった。

 また、『ゴジラ』のヒットで東宝は、その年、小松左京が原作と製作総指揮で奮闘したSF映画『さよならジュピター』が興業では大失敗して何億円も大赤字となっていたところ、それを取り戻して大入り袋だったと言われる。




 その時、祖母の家に行き、映画を観てから帰ると言った。

 それで祖母が何を観るのかと問うので『ゴジラ』と答えた。そして映画館の前の席に、小さい男の子を連れてきたお婆ちゃんがいて、その時の会話を後ろから聞いていたら、孫はもちろんゴジラ目当てだったが、お婆ちゃんとしては首相役の小林桂樹などベテラン俳優たちが楽しみだと言っていて「なるほど」と思っていた。

 さて、映画が始まると、冒頭、主人公が遭難した漁船を調べていたら、そこに巨大化したフナムシがいる。ゴジラの鱗に寄生していて放射能のため変異したらしい。これに死んだ乗組員は体液を吸い取られてミイラ化していた。その時、懐中電灯で木乃伊化死体が照らされてパッと画面にアップで映ったら、これを見た前の席のお婆ちゃんがビックリして「ひぃ~ッ」と悲鳴をあげたので、可哀想だけど可笑しかったのを憶えている。



 この音楽は小六禮次郎だった。

 彼は倍賞千恵子の夫としても知られている。伊福部昭に依頼しようとしたが、予定が詰まっていると断られ、それで重厚な響きが得意な小六禮次郎に頼んだということだった。

 この次の『ゴジラ対ビオランテ』の音楽は、すぎやまこういちだった。映画を観た人たちは、よく、音楽が軽くて不満だと言っていた。あれでは『ドラクエ』と同じだ、と。

 小六禮次郎は、すぎやまこういちの弟子の一人である。やはり弟子の筒美京平は、レコード会社員としてヒット曲を作るのが目的だったが、小六禮次郎は芸大でアカデミックな音楽教育を受けているから、すぎやまこういちのような見様見真似の作曲家に弟子入りしたのはマスコミで活躍するためであること明らかだ。

 そして、すぎやまこういちは政治力があるから、すかさず食い込んでゴジラ映画の仕事にもありついた、ということだったのだろう。


 ということで、訃報と正月映画の思い出と、いまにして思えば…という話題である。

 
 
 
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