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  • 執筆者の写真井上靜

広告の貸看板

 近所の看板が空いていた。

 そこに広告を募集していると表示がしてある。こういう看板は商業的な宣伝であるものだが、そうでないものが時々あって、金のために引き受ける業者もあれば、金を払われても断る場合もある。



 『スリービルボード』という映画が話題だった。

 これは、アメリカの田舎町で、娘を通り魔に殺害された女性が、進展しない捜査に業を煮やして、道路沿いに立つ大型の空いている三枚の看板を狩り、一枚目には事件の事実を、二枚目には警察の怠慢を、三枚目には警察署長の責任を、それぞれ問う言葉を大書する。

 そこには、警察が人種差別して黒人を虐めてばかりで犯罪捜査をそっちのけにしているという厳しい指摘も載せていた。



 広告業者の若い男は、引き受けたことで警官に文句を言われる。

 すると、問題ないことを確認したと言う。どうやって確認したのかと問われたら、専門の本を読んだと言い、どんな本かと詰問されたら「あんたたちが、よく、俺たちには関係ねぇという分野だ」と皮肉を言う。つまり法的な問題は無いということで、それについて、いつも警察は無視して無法を働くというキツイ嫌味である。だから警官も激怒して、後にその警官は暴力をふるってしまい、解任される。


 あれは派手ではないが話題になった映画であった。

 このあと、いくつも捻りのある展開になるからであるが、この看板広告という手法、警察や裁判所の無法を訴えるのには有効であろう。近所の看板では場所が合わないけれど、ちょうどよい場所にある看板の業者が引き受けてくれるか否かが、あとは問題である。

 どこか適切な所に空いている看板はあるだろうか。

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