top of page

​炬火 Die Fackel 

更新日:2024年2月27日

 『スーパーポリス』に顔を出していた話。

 前回の話題は、共産党の新委員長となった田村智子議員はカラオケで18番は小室哲哉の歌ということ、そこから思い出したポピュラーソングの時代背景と、個人の思い入れについて、であった。

 そこで、小室哲哉の歌がヒットしたから渡辺美里は路線変更して洋楽志向のロックから実質がJ-ポップになって、初期のファンだった者としては世間の人気急上昇とは逆に冷めていったのだが、デビューの洋楽カヴァー曲は刑事ドラマの主題歌で、それに自分も顔を出していたから愛着なおさら、という事情が、予告したとおり今回の話題である。


 その刑事ドラマ『スーパーポリス』で前科者カードを見ている場面があった。

 これは刑事ドラマによくある場面だが、ここで映る前科者の写真が自分である。第八話で一瞬だがはっきり判る。たまたま見ていた親が気づいて「いつの間に警察の世話になったのか」と言って笑っていた。

 これは、前にも述べたが、十代のころに映画の小道具を作るバイトをしていたからだ。そのさい前科者カードのモデルになんか誰もなりたくないから自分の写真を撮ったのだ。



 統一協会が関わった映画にも顔を出した。

 これは、現場の即興による監督の指示で、騒動の場面で画面の後方にいて「何事か」という仕草をした。

 この時は製作に統一協会が関わっていることなど、監督ら一部の人しか知らなかったはずだ。日韓問題をからめた青春ドラマという感じで、今は亡き沖田浩之が主演だった。後で知って「ローレンスオリビエと同じだ」と自嘲したものだ。

 (知らない人のための注釈。統一協会系のワンウエイプロが製作した朝鮮戦争の映画『仁川』に、そうとは知らずローレンスオリビエはマッカーサー役で出演して、後で騙されたと言って騒いだ)


 医療裁判をしていたから、映画とテレビに顔を出していたことは隠していた。

 あくまで裏方の仕事で、もともとは親戚が関わっていたという事情である。こういうことは、よくあることだ。

 それで映画やテレビのドラマに出ていたというと、そこを捉えて変なことを言われるのを警戒していたのだ。


 拙書『防衛医大…』(ホームページ参照)でも述べたとおり。

 皮膚癌が臓器に転移して死に至るという誤診に基づいて手術した疑惑があったので、そうではないと言うため病院と医師の側は、悪性ではないが美容目的であったと言い、そんな手術は普通やらないが、芸能人になるような人だから特に希望していた、と抗弁したのだ。

 当時は国立の大学病院で美容外科の手術はやらないものだから、それだけで既に嘘なのだが、しかし美容外科で失敗した医師の常套句のようなものなので、手軽に言う医師がよくいるのだ。


 それでマイケルジャクソンやピートバーンズのように患者のことを言う。

 これにより論点を逸らされても面倒だから、映画とテレビに出たという部分だけ切り取られないよう、隠していたのだ。

 今だから言える話である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月20日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年2月27日

 田村智子委員長のカラオケ18番は『My Revolution』とのこと。

 前の志位委員長だったらクラシック音楽マニアだからショスタコーヴィチの交響曲第五番『革命』が好きだと言うだろうが、それはともかく、小室哲哉がメロディーを作った歌はビートルズのジョンレノンが作った『Revolution』と違って政治性は皆無である。


 Myが付いているから個人的である。

 ドクトルジバゴに対してラーラーの夫だったストレイニコフが「あなたの詩は好きだったが、内容が個人的だ」と言っていたのと同じである。

 それを、何を勘違いしたのか、かつてハイジャックで北朝鮮に亡命した赤軍派が、この歌がヒットしているから日本の若者は変革を求めていると機関紙で述べていた。社会的変革ではなく自己啓発的な個人の意識的「革命」であるから、80年代半ばの保守化を示しているのに。まったく、前にも書いたがあの連中は救いようがないアホである。


 渡辺美里のデビュー作は『I'm Free』だった。

 これはハリウッド映画『フットルース』の挿入歌の日本語カヴァー曲である。映画はケビンベーコンが演技派俳優になる前に青春スターとして主演していたもの。このカヴァー曲はテレビの刑事ドラマ『スーパーポリス』の主題歌だった。丹波哲郎や三浦友和が出ていた。

 このデビュー曲は、シングル盤は売られていたけれど、他のシングル曲と違い渡辺美里のアルバムに収録されていない。また、デビュー時は洋楽志向のロックだったのに『My Revolution』の大ヒットにより路線変更して、J-ポップというべき歌ばかりになった。



 かつて『I'm Free』のシングル盤を買って持っていた。

 この頃かなりのファンだった。ところが、小室哲哉の歌で大ヒットし人気急上昇に伴い気持ちが冷めてしまった。小室哲哉や岡村靖幸や大江千里が作った歌であることは同じでも、内容が初期と大きく変わってしまったのだ。別の歌手だと思って聴けば不満は無いが。

 あと『スーパーポリス』には自分も顔を出していたことで愛着があった。この話は次回に述べる。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月3日
  • 読了時間: 3分

 末期がんで入院している患者が死の寸前に自分は指名手配者の桐島聡だと明かした。

 これは実際にそうだったのか、明確にするには材料が乏しかった。指名手配のさい名前と顔写真の他には指紋などが無かった。しかし当人としては、死亡診断書などを作成するさい誰だか不明確では困ると思ったらしい。

 この指名手配の写真を交番で見た人は多い。しかし昔の写真で、今では老人だから外見が変わって判らないだろうと言われていた。もう死んでいるだろうと言っていた人も多い。



 『ゴールデンボーイ』という映画があった。

 スチーブンキングの小説が原作で、逃亡しているナチ戦犯容疑者の老人が入院中に正体を知る人と会ってしまい自決する一方、その直前に老人と出会った少年は、その話を興味本位で聞いているうちに影響され、世の中から役立たずの人を抹殺すべきだと思い浮浪者を次々と殺害しては満足するという、怖い話である。

 では、その桐島さんに影響された少年はいただろうか。


 その小説はオムニバスで、同収録には『スタンドバイミー』の題で映画化された話がある。

 しかし同じ少年の話でもナチズムに影響され殺人事件を起こすという話は危ないので、最初は出版社が収録を躊躇したと伝えられる。

 さて『スタンドバイミー』の主演リバーフェニックスは、後に『旅立ちの時』というシドニールメット監督の社会派青春映画に主演していた。ここでは、主人公の両親が、先日死去した指名手配者を名乗る人と同じく反権力の立場で爆弾事件に関与し、それで逃亡中であった。

 この両親はベトナム戦争に怒って軍事工場を爆破したが、その巻き添えで警備員を犠牲にしたことを悔いていた。しかし元の原因である戦争をしている国の権力から裁かれて罪を償ったことになるのは納得できないから逃亡し、同情した人たちが密かに生活費を寄付していた。フィクションだが夫婦にはモデルがいる。


 桐島聡を名乗る人は、人を殺してない。

 ただ違法な爆発物を取扱っていた。だから死ぬまで逃亡するより刑務所に入ったほうが短い刑期だったはずで、逃亡は間違えた対応だと言う人もいた。江川紹子なんかが、そんなことを言っていた。

 彼はアナキストだったらしい。だから、リバーフェニックスふんする映画の主人公の両親と同じく、権力から裁かれたくなかったはずである。小松川事件をモデルにした大島渚監督の『絞首刑』で、在日朝鮮人の少年が、自分の罪は認めながら、自分を抑圧・差別してきた権力の象徴である日の丸に向かって「この旗の下で裁かれることを拒否する」と言うのと共通している。


 察するに、彼は逃亡すること自体が目的で、それが反権力の発露だったはずだ。

 そして完遂し、死の直前にカミングアウトしたということ。

 ちょうど、赤狩りでハリウッドを追われたダルトントランボが、偽名で書いた脚本でアカデミー賞を取り、その後に脚本を書いた『パピヨン』では、脱獄した主人公が「ザマミロ、俺はここだ」と原作にはないセリフを叫ぶが、これと同じ心情だったはずだ。


 しかし、権勢に媚びて上から目線で優越感を丸出しする江川紹子のような人たちには、とうてい理解できないということだ。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page