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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年7月18日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年7月22日

 「いまもし本格探偵小説が復活するとしてもそれは松本清張氏が築き上げた社会派リアリズムの洗礼をうけたものでなくてはならないでしょう」


 これは1977年、森村誠一『人間の証明』の角川文庫に収録された横溝正史の解説の一文である。

 『人間の証明』は殺人事件の被害者が発した謎の言葉を追及することから次第に事件の背景が明らかとなるので、松本清張の『砂の器』から影響を受けている。


 「角川書店は今度『野生時代』という月刊誌を発刊することになり、これに掲載する小説を書いて欲しい。映画化を念頭に、あなたにとって作家の証明となる作品を」

 角川源義の跡取り息子である角川春樹が森村誠一を訪ねてきて、そう言って執筆を依頼したと、森村誠一は述べていた。それで『人間の証明』と『野生の証明』が書かれた。それに映画化もされて話題だった。



 『野性時代』は同時に、そのころ星新一が人気だったの対し本格SFをと小松左京の小説を掲載した。

 また、今ではコロナウイルスで現実化したのではないかと話題になった小松左京のSF小説『復活の日』をオールスターで映画化した。

 だから、ジャンル物小説の双璧である推理とSFの復興は角川春樹の功績ではないだろうか。


 その後、角川春樹は不祥事によって角川書店の社長を退くと、映画製作していた角川春樹事務所で出版事業を続け、角川書店は弟の角川歴彦が社長に就任した。大映は角川映画となって、調布の撮影所には大魔神の像と角川映画の看板である。

 かつては一緒に父親の下で働いていたが、顔は似ていても仲が悪い兄弟だったので、兄が弟を追放してしまった。そして兄が追われると弟が復帰、その弟も逮捕されたことは記憶に新しい。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年3月18日
  • 読了時間: 3分

更新日:2023年3月18日

 三島由紀夫は防音装置付部屋で、井上ひさしはFM放送を聞き流しながら、大江健三郎はジャズを聴きながら、原稿を書いていたそうだ。

 それで大江健三郎は筒井康隆と仲が良かった。二人とも、たいへんなジャズマニアだったから趣味友である。筒井康隆の小説に『ジャズ大名』というのもあって、これは映画化されたのが好評だった。



 大江健三郎の息子は知的障害者で、音楽家のような活躍をしていたことはよく知られている。

 その息子の障害の原因から癲癇もちであると大江健三郎は言い、筒井康隆の短編小説が教科書の題材となったさい、癲癇について古い認識に基づく偏見の描写があると抗議があったことについて、病気の人を傷つける可能性があると指摘していた。

 

 この短編は読んだことがある。

 交通事故防止のため自動車の運転手の脳波を遠隔で調べて癲癇の人などがいないか監視しているという描写があったけれど、発作を起こしたらそれが脳波に表れるのだから、ちょっと違うんじゃないかなと思ったものだった。

 あのジャック-ルービーも癲癇もちだった。それで弁護士が「癲癇の発作を起こした」から病気による犯行だったという、いい加減な弁護をした。ということは、発作を起こしたので判断力を失い、警察に連行されている男に足早に近づき拳銃を向けて「オズワルトめ!」と言って射殺したことになる。

 ただ、昔は癲癇などの病気に対して無知と偏見はザラだったのだ。


 それで後になってから筒井康隆の小説も問題になった。

 ただし、これはあくまで教科書に載せるからだった。それとは別に、前に死去した鈴木邦男が筒井康隆を批判していた。

 いつも筒井康隆の小説を読んでいて大ファンだったけれど、最近の本は買った人たちが読んでガッカリしたはずだというほど面白くなく、才能が枯渇していることを自覚していたはずで、だから騒動を渡の船というか勿怪の幸いとしたはずだと指摘のうえ、しかし病気と偏見という深刻な問題を個人的に利用するのはアンフェアだという趣旨の批判もしていた。


 大江健三郎は、筒井康隆との対談で、息子のことを引き合いに出しながら、人を傷つけることを気にしていたら書けなくなるのではなく、人を傷つけずとも書けるようにすることも文学者の努めではないかと説いていた。

 それを井沢元彦が「大江健三郎は『言葉狩り』を肯定した」と非難していた。

 ひどい曲解、というより手前だって小説家だったはずなのに、それが振るわないからと他の小説家の悪口とは。それ以上に、マスコミで自ら公開した話とはいえ、子供の障害について、趣味友とはいえ友情から率直に話しているのを、傍から勝手な批判して、自分でみっともないと気付かないのかと言われていたけれど、きっと気付いてないと思う。弱者の側からではなく権勢に媚びて言うから、相当の批判ではなく悪口でしかなくなるのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年1月8日
  • 読了時間: 1分

 前に続き宮尾登美子の話題である。

 宮尾登美子さんは、かつて共産党の機関紙『赤旗』のインタビューで言っていた。『鬼龍院花子の生涯』と同じで女学校を出て教師をしていたことがあるそうだ。この時『二十四の瞳』のように、進歩的な教師は子供に悪影響すると問題にした人がいた。特に政治的でなくても、昔からよくあったことだ。

 ここで宮尾登美子さんは、労働組合の関係で縁があったらしく、あの当時は社会党員だったと言っていた。そして、共産党じゃなくて悪いけれど、と『赤旗』のインタビューだからだから付け加えていた。



 これは社民党員にとって公然と話題に出来ないことだった。

 なぜなら、旧社会党は社民党の前身だけど、その話は共産党の機関紙のインタビューであるから。それを地元の議員が言っていた。

 もともと政党はテレビ局と同じで競合相手のことは禁忌である。それにしても、この程度でさえ神経質になるのでは、誰が政党に所属するだろうか。どの政党でも、最近は党員が減っているが、これは政治に積極関与したがる人が減っただけでなく、縄張りに拘るため不自由であることが嫌だからではないか。


 そんなことでは、政治に関心のある人でも、政党には近寄らなくなって当たり前だ。

 

 
 
 
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