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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年10月3日
  • 読了時間: 3分

 ブラッドベリの小説で最も人気があるのは『火星年代記』だ。

 これがアメリカでテレビドラマ化されたものを1981年か82年に日本のテレビが放送し、手塚治虫が解説していた。また、この当時は知らなかった人が、後に小説を読んで気に入ったと言っていた。そしてテレビドラマに興味を持ち、ビデオで見ていた。

 それくらいだから今でも人気がある。少し大型化してからのハヤカワ文庫にもなっていて、最初の版より年号が30年先に変えられ2030年代から始まっている。


 このテレビドラマは、前に動画サイトに載っていた。

 古いから著作権の問題が無いということで、今も観ることができるかも知れない。原作から抜粋で映像化され、そのうち、最後の方のエピソードで内容が変わっている。

 原作と違いテレビドラマでは、火星で孤独な男性が同じく孤独な女性と知り合い、音声だけで通信していたうちは良かったが、会ってみたら美人だけどタカピーとか高慢ちきとかいう性格で、それがひどすぎるから男性は彼女から去る。

 しかし原作では、その女性、声だけのうちは良かったが会ってみたら、ひっきりなしに甘い物を食べている人で、だから極端に太っていた。そして女性から結婚しようと言われ、男性も元々は結婚相手を探していたけれど、こんな甘いものばかり食べて太っている女性は嫌だと逃げ出してしまう。



 これと同じような体験をした男性が高校の同級生に居る。

 それは未来の火星ではなく少し昔の埼玉県だった。携帯電話で当時流行りのiモードによっていわゆるメルトモになった女性と、そのうち通話で世間話もするようになったそうだ。ところが会ったら太り過ぎなんてものでは済まなくて、二重顎どころか頭部と肩が一体化していて間にあるはずの首が全く見当たらなかったそうだ。よくここまで太れるものだと感心するくらいだったが、しかし見苦しいだけでなく不健康さを感じさせるから気分まで悪くなり、その後は話もしたくなくなり会話もメールもやめてしまったと言う。


 よく、会ってみたら好みではなかったことならある。

 しかし、こんなに太っているのはどういうことかと思う人と、声だけなら良かったが会ってビックリというのは稀かもしれない。ただ、時々そんな人はいるもので、一緒にいたら影響されて健康を害するのではないかと心配になる。

前に建設会社の人が言っていたけれど、床が抜けたというので修理に出向いたところ、重たい物を置いたとか落としたとかなのかと思っていたら、ただ歩いていただけというから不可解で、会ったら夫婦どちらも100キロを超えていた、ということが時々あるそうだ。

 そんな極端に太っている人たちは、そのことを全く気にしていないものだ。そんな人たちは早死にする。それを感じるから気分が悪くなるのだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月23日
  • 読了時間: 2分

 先日、宮沢賢治の命日だった。

 この宮沢賢治は、子どもの頃に伝記を読んで、そのストイックな生き方に感動したが、その後に作品を読んで一見感動的だが実はファシズムにつながる危険を感じた。実際に宮沢賢治はその種のファッショ的で国粋主義的な政治運動団体にも関わっていた。


 また、反原発で知られる高木任三郎が宮沢賢治に関する著書を出していたが、ここで何かにつけて「科学者としての宮沢賢治」ということに、たいへんな違和感を覚えたものだ。

 もともと高木任三郎という人は、ただ反原発にこだわっただけで、多くの無見識と不道徳が指摘されているから、決して美化してはならないと言われたものだ。けれど、それより宮沢賢治は本当に自然科学でも社会科学でも学者と言える働きと思考をしていたのか疑問であり、そこの部分で高木任三郎の言説には説得力が無かった。



 もともと、宮沢賢治は女性に差別的とか、彼が説いた理想郷イーハトーブが満州国に影響したとか、色々な問題が指摘されていた。

 しかし、中でも『雨ニモ負ケズ』は、克己と忍耐にかこつけて奴隷根性を養成する内容で、これほど日本に悪影響を及ぼしたものは無いだろう。この宮沢賢治が説く生き方であれば、コロナウイルスにも消費税にも負けず粗末な食べ物で我慢して質素な生活しながら怒らずヘラヘラ笑っているということになって、政府自民党が大喜びである。

 

 いつも学校で宮沢賢治は成績優秀だった。

 ところが、一度、学校の管理体制を批判したため、修身で不可とされた。そうなると他の全教科が優秀でも駄目ということが当時の学校だった。これが宮沢賢治の原点となったかと思ったら大間違いだった。結局、この人は何も解っていないということだ。それが宮沢賢治の著作を総て読んだ結論である。

 もう日本人は、宮沢賢治を全否定しなければならないところまで来ている。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月21日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年9月22日


 『夏への扉』が映画化されて、新装版が書店に並んだ。

 そのさい、ハヤカワ文庫は寸法が少し大きくなり文字も大きく読みやすくなっただけでなく、カヴァーにビニールコーティングしていたかなあと今さら思った。こうしておくと、破れにくいし、湿気にも強い。ただ文庫本にとって必要なのかは疑問だ。

 

 実は、中学の同級生に、なぜかいつも緊張していて手に汗握っている人がいた。

 この人に本を貸すと、表紙がよれよれになる。この人にとってはビニールコーティングがあったら良いかもしれない。

 題名は忘れたが、堤清二が筆名で書いた短編小説に、本を貸すと湿った感じになって気持ちが悪いと言われる女性の話があった。これはあまりに陰湿な雰囲気の人ということだが、それと違って同級生は無意味に緊張していたのだ。その後、彼は精神科に通っていた。多汗症ではなく、精神的な原因で手に汗握っていたということだ。



 ところで、かつて卒業した高校の文化祭へ行ったら、文芸部がアーサーCクラークの特集という変わった趣向であった。

 これは、ある部員が個人的にアーサーCクラークだけのファンだったからで、SFファンということではなかった。だから、アイザックアジモフもロバートAハインラインも読んだことが無いと言う。それがかえって面白かった。そして彼が熱心に書いた「アーサーCクラークの研究」という小冊子を買って帰った。


 また、知り合いの女性で『夏への扉』を読んだら何が面白いのか解らないと言った人がいる。

 この人はマルチーズなど小型犬が好きで、猫はまったく興味がなかった。だいたい、猫が好きでないと『夏への扉』は面白くないというものだ。


 そんなことも、ちょっと思い出した。


 
 
 
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