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​炬火 Die Fackel 

 大手製薬会社の代表取締役会長が、コロナウイルス新型肺炎対策で問題を提起していた。

 この製薬会社は伝染病の薬品が専門ではないからこそ可能な指摘だろうが、そもそも人体の病原体に対する反応の複雑さがあるので、そう簡単にワクチン=人体に有益とは言えないということだ。

 そして問題なのが、ワクチン接種では感染が防止できない事実が明らかなのに、これを義務化したりパスポート扱いしたりの動きであり、非常に懸念すべきことだと言う。また科学的に合理的でないことが強制されるのでは民主国ではないとも指摘していた。

 このワクチンのパスポート扱いは、ウイーンフィルのニューイヤーコンサートが正にそれであったことを、前に取り上げた。

 

 ここでもPKディックの小説が現実になっている。

 前は『火星のタイムスリップ』と水道民営化が酷似している話題だった。またコロナウイルスのワクチンと新型株の出現で思い出されるのは短編『フォスター、おまえ死んでいるところだぞ』(『フォスター、お前もう死んでいるぞ』の訳もある)である。

 政府は、核シェルターを各世帯で設置するよう国民に指示するが、小学生フォスターの家には設置されていない。彼の父親は商売が不景気であり、大企業が売り出しているシェルターは非常に高額である。そのうえ、彼の父親は過去の体験から政府の軍拡姿勢に不信感を抱いている。このためフォスターは学校でいじめられる。同級生からも教師からも、父親が反政府だと言われて。父親は、世間に迎合しないことを妻に責められ、無理してシェルターを購入し、フォスターは大喜びするが、すぐに敵国が新型爆弾を実用化したのでシェルターは無力化してしまい、それを歓迎するかのように企業はもっと高額な商品を売り出す。


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 この話について作者はこう述べていた。

 米国政府は国民の生命よりドルの方にこだわっていることを言いたかったのだ、と。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月30日
  • 読了時間: 2分

 「アベノマスク」と皮肉られたものが廃棄なのだそうだ。

 これは、不良在庫になって保管にかかる倉庫の費用が処分の費用より高額だからというわけだが、つまり配布し終わる前に入手が容易になったからだろう。

 まったく、とんだ愚策と元から言われてきたけれど、それがまた証明されたのだ。

 

 その廃棄に数千万円かかるが、保管は数億円と経費十倍だった。

 しかし、六億円ともいわれる保管費用をかけるくらいなら、どこかに置いておいて「ご自由にお持ちください」とでもやったら良かったのではないか。そのあたりも含めて、何か変である。


 フィリップKディックの小説『偶然世界』では、売れない商品が焼却処分される様子を、多くの人たちが指をくわえて見ている場面がある。

 そのように、欲しくても買えないものが廃棄されているといのは、おそらくニューディール政策が作者の念頭にあったのだろうが、そこから更に異常な経済となり、まともな生活をしているのは特権階級だけという世界になっている。

 また、ディックの小説でも特に名作の『火星のタイムスリップ』のようになりそうであると言われるのが水道民営化である。

  

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 ジョン-ブラナーは、一人で多くの人がディックの小説を読むことで、そこに描かれている世界に住まなくてもよくなる可能性が高まると説いていた。

 「未来学者」アルビン-トフラーがコンピューター社会を予言した『未来の衝撃』を基にプラナーが書いた小説『衝撃波を乗り切れ』はイマイチだったが、それより彼がディックの小説について指摘したことは正しいのではないか。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月11日
  • 読了時間: 2分

 前回の話題ナット-ヘントフの続き。

 彼の小説で最も有名だった『ジャズカントリー』は、白人の高校生がジャズに興味を持ち、黒人ジャズミュージシャンたちとの交流を通じて人種の問題もからめて音楽の神髄を知る過程を描いているが、最後、認められてジャズミュージシャンたちと一緒に演奏旅行に行きプロを目指すか、それとも合格した大学に入るか、それで迷う。


 それで悩んで色々な人に相談する。

 もちろん、そういうことは自分で決めることだと、皆から言われる。その中で特に、商業的な音楽より自分の訴えかけたい方を選んで貧しいながら好きなことをしている若いトランぺッターの話が興味深い。ところが、そんな彼は警官から偏見をうけ、見ていた主人公は怒って抗議すると警棒で腹を殴られてしまう。

 そのトランぺッターは、こういう社会の現実に対して何かできるかというと、大学に行けば可能性があるけれど、ジャズミュージシャンでは無理だと言う。それがどの程度の影響をしたかは明らかでないが、主人公は一旦、大学に進学する。

 

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 前回は高校の図書室の話題だった。

 参照すれば解るとおり、ヘントフの『ぼくらの国なんだぜ』を図書室の担当教師が、リクエストに応じてくれた。ナット-ヘントフはノースイースタン大学とハーバード大学とソルボンヌ大学に学んでいるが、この図書室の担当教師は東京大学卒であった。ノンポリっぽい人だったが、実は赤門前の立看板を作ったこともあり、その技術を文化祭の時に披露してくれた。出入口の看板を角材とベニヤ板で手際よく作った。

 

 この教師から卒業のさい言われた。

 これから生きにくい時代になりそうだから。「とくに僕や君のような者にとっては」。だから勉強しなさい、と。これは大学の偏差値なんかではなく、ほんとうの勉強を。

 高校の時に最も成績が良かったのが音楽だったから、ということもあるだろう。これは思い出すと情けない話である。音楽の教師には褒められてばかりだったが。そこは普通科だったからだろう、成績は断トツで良かった。


 そんなこともあって『ジャズカントリー』を思い出し再読したのだった。

 
 
 
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