top of page

​炬火 Die Fackel 

 共産党の田村新委員長を早速のバッシングである。

 これについて、菅野完氏が「ミソジニー」だと指摘していた。怒る女は叩き易いということで「クソダサイ」と。

 もともと、きちんと言うべきことを言うことに対して、厳しいから悪いなどと、実に奇妙というか甘いというかの反発がある。厳しいことを指摘すると田村新委員長も自ら言っていた。それは、党員として党執行部への批判は自由であるが、批判に根拠が皆無で、党外から党に対して非難がある、なんて話でしかなかったから、党員としての主体性に欠けているということで、厳しく注意されて当然だろう、ということだった。

 それが、厳しいから悪いという人たちは、甘やかされて育ったのだろう。


 党大会での批判に反論なら党大会で行うのは当たり前だ。

 むしろ、陰で報復するほうが陰湿であるし、それとも自民党みたいに、何か言われて「答弁を差し控えさせていただく」とやったら良かったのだろうか。それが良いという日本人は多いという指摘はされている。特にナアナアが好きな田舎者たち。

 ここで、女性が毅然としたのが面白くない、というのが菅野氏らの指摘だった。そう言われると、土井たか子委員長も言われたものだった。政治の場だから当然のこと厳しい態度と発言はあるのに、そこばかり取り上げる。舛添要一など大学を辞めて政治評論家になってからテレビで、女性が毅然としているのを「土井たか子みたい~」と揶揄してした。こんなミソジニーの人を見識ある人のようにテレビ朝日が『朝まで生テレビ』から続けて『徹子の部屋』にまで出して徹底美化のうえで政界入りさせた。

 



 また朝日新聞と文藝春秋が調子を合わせた。

 昔からミソジニー紙面の朝日新聞だが、田村委員長には更に事実に反する誹謗を繰り返していて、ひんしゅくを買っている。

 そして文藝春秋は、共産党とは「戦前からの天敵」であるから、当然の中傷である。懸賞論文で宮本顕治の『敗北の文学』が一等賞になり、右派の小林秀雄が押しのけられた形となってからのルサンチマンと言われる。

 また反戦で軍国主義の政府に弾圧された共産党と、戦争協力した文藝春秋社、でもある。そんな文藝春秋社から、共産党から市民運動に至るまでを侮辱する本を出したのが松竹伸幸という本を売りたい党員で、その意見を党内で賛同を集めるための提案など一切していないと認めたから除名されたに過ぎない。

 このようなことをしたら、他の党でも同じく除名だろう。


 ところが「党内の改革を訴えた党員をいきなり除名」と嘘で騒ぐ人たち。

 このマスコミ人たちは、それで商売にしている。こんなことしている人たちの中には自公政権に批判的な態度をとっている人たちがいて、そのくせ野党共闘の妨害をしている。なんとも姑息な金儲けである。これに無知な人たちが引っかかる。

 つまり、女性蔑視の人、甘やかされて育った人、ナアナア好きの田舎者、姑息な金儲けする者、騙される無知な輩、が渾然一体となっているのだ。

 
 
 

 二十歳の集いで杉田水脈に講演させた山口市が批判された。

 なぜなら、差別発言を繰り返して無反省の人を、見識ある人として扱い、これから社会を担う世代に向けて、講演させたことが批判されたのだ。

 しかし、その批判は虚しいだろう。そう思うのは諦めではなく自分の体験からである。



 批判の内容は至極当然のことである。

 法務局だって、杉田議員による一連の発音は人権侵害だと指摘している。また芸能人が(地上波ではないが)テレビで、あんな人は議員を辞めるべきだと言って怒っていた。

 それを踏まえて杉田議員を起用したのが山口市である。山口は杉田を推挙して議員にした安倍晋三の地元だったが、それにしても、よくここまで露骨なことができるものだと憤る人たちがいて、それも解る。

 

 しかし法務局の人権侵害へ勧告は無意味である。

 かつて自分も医療裁判のさい政府の関係者から差別発言を浴びせられ、これを別件で訴訟にしたところ、その裁判官から更に酷い差別用語を浴びせられた。しかも文書でのことだから口頭と違い物的証拠がある。

 それで法務局に人権侵害だと勧告するよう求めたが、その担当者から電話があり「確かに酷すぎるが、相手が偉い人・地位のある人だから、何もできない。一般人なら出来るけれど。だから提出された書面と書証は廃棄して無かったことにさせてもらう」と言われた。

 これは東京都内の法務局である。

 

 これでは山口のような田舎では尚更である。

 もともと、田舎では人権なんて綺麗事の建前でしかない。本気で大事だと思う者は「アカ」である。これは昔から今でも同じである。

 そんな調子だから、右翼的な差別の言動が総理大臣から気に入られて国会議員にしてもらった人が、どんなに差別発言だと指摘を受けても、当人は「蛙の面に小便」ではなく「水脈の面に小便」ということだ。


 しかも受け容れられているのではなく積極的に支持されている。

 杉田水脈議員の差別発言について、いくら批判があっても田舎では周囲の眼が気になるから黙っている、という人はおそらく圧倒的少数で、ほとんどの人たちは賛同しているはずだ。

 なぜなら、ああいうのは日本人の感性に合っているからだ。それで言う政治家が支持されているし、政治家などエライ人が言うなら正しいと思うのだ。それが日本人の判断基準である。

 だから簡単には改まらないのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年1月20日
  • 読了時間: 4分

 予想されたとおり共産党の新委員長に田村智子議員が就任した

 田村智子新委員長は、早稲田大学の学生だった時に学費値上げ問題で政治に関心を持ったそうだ。あの当時は、軍拡の一方で福祉と教育の予算が減らされたのであり、学生は反発していたが、それを批判すると就職に響くのではと恐れる学生が一方でいた。

 そんな小心者の学生は確かにいたが、そうではない学生で中心的だったのは、共産党と提携する民青同に属する人たちであった。このことは予備校の講師も授業中の雑談で触れていた。しかし学費のことは心配であるが、それ以前の問題が受験生にはあった。もちろん入試に受かるか否かである。


 これには個人的な思い出がある。

 その後、中学三年生の時に同じ組だった男が、「大学に入ったら気を付けないといけないよ。民青同とか民青とかいう団体が活動しているけど、あんなのは就職を諦めた奴らだから」と言った。

 ちなみに、共産党にも他の政党と同じ青年部があるけれど、それと民青同は別の組織である。だが正式に提携しているから、ほとんどが共産党員と言ってもいい。あの当時、一緒にバイトしていた人が、大学は経済学部で資本論など経済学の古典を研究するサークルに入っていたから、関心があって民青同にも居たことがあるけれど、彼は共産党員ではなく、共産党員とは馴染めなかったから民青同からは出たと言っていた。

 そういう話をしたところ、その中学の同級生は「なんだ、知っていたのか」と言った。それまでの上から目線の口調から急にバツ悪そうにして。この人は、中三の時から何かにつけて一々そういう上から目線の口調で話す癖があり、それを同級生から揶揄されていた。

 そして、「民青同だけじゃなく他にもセクトとか党派といわれるのが活動していて、中核派とか革マルとか過激派と言われ評判が悪い団体が大学自治会を牛耳っていたりする。うちの大学も、だよ。だから、こっちだって要注意なのに、民青同は何か違いがあるのか」と訊いたが、彼は答えられなかった。「それに『信念があってのことならいいけれど、就職に影響することも在り得るよ』とでも言うなら、相手が知っていようといまいと通用するけど、相変わらずの調子だから君は不評を買うんだよ。だいたい、いくら共感できなくても他人様が真面目にやっているらしいことに対して『あんなのは』とか『奴らだから』とか、感じが悪いでしょう」と指摘したが、彼は「なんだ、知っていたのか」と繰り返すだけだった。


 これには後日談がある。

 彼は高校で先生と喧嘩して不登校、出席日数の不足となり進級できず退学していた。そして検定試験で大学受験資格を取得すると、慶応大学に現役で合格したと自慢していた。こっちのほうが偏差値高いぜ、と言うわけだ。

 ところが、大学に通っているかと思ったら、彼の母親は「うちでゴロゴロしている」と言っていて、サボっているというのではなく、大学なんか入ってないという意味だった。現役で慶応大学に受かったと言っていたのは嘘だったと、他の同級生たちが言っていた。しかし彼から慶応大学の書面を見せられたことがあると言ったら、それは入試の要綱だったのだろうと言う。でも受験生ではなく入学生に向けた記載だったと言うと、それなら慶応大学には通信制があるから、その無試験のものを見せて、入試に合格したと欺いたのだろう、と。そのような虚勢を、いつも彼は張る人だったでしょう、と。




 

 閑話休題。

 学費値上げで騒ぐ学生と対峙して名を挙げたのが、早稲田大学の西原総長だった。その武勇を買われて国士舘大学の改革に招かれた。騒ぎ出すとうるさい早大生と渡り合ったから、その力量によって国士舘大学を変革させて欲しいということだった。

 すると西原総長は、長ラン詰襟で知られる付属高校の制服を、ブレザーとネクタイに変え、坊ちゃま嬢ちゃま私学ふうにした。これでは「押忍」なんて言っても様にならない。また、武道系の運動部でシゴキと称した暴力があったら即廃部、関与した者が退学させられただけでなく、剣道で推薦入学した学生はすることが無くなり退学した、などなど厳しい態度で、すっかり国士舘の雰囲気を変えてしまったのだ。


 こうした総長と対立する最中にいた田村智子議員だった。

 この雰囲気、当時はもっと学費が安かった国公立大には無かった。緊張感が違う。それはマスコミが、東大出ばかりの共産党委員長が今度は私大卒、というのとは意味が異なる。彼女はテレビで自民党の萩生田議員を統一協会の件で凹ませて「イイゾ」と話題だったが、委員長に就任早々、党大会で済んだ話の蒸し返しに対し「党員なら執行部への批判は自由だが、その内容が党外からの悪口を受け売りでは党員としての主体性に欠ける。厳しいけど、これは大事なことだ」と苛烈な反論をしていたのが話題である。

 これは面白くなりそうだ。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page