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​炬火 Die Fackel 

 東京都狛江市の「市長への手紙」という広報がある。

 これは市民から市長への手紙という形で、質問や要望を書く制度である。ここで、とんでもない虚偽の回答が市民に対して送付された。

 最初は松原俊雄市長の政治姿勢の問題であった。統一協会の問題を隠蔽しようとする自民党に市長が迎合したことについて、市民が糺した。すると市長の秘書広報室は、中立な行政であるから政治的では無いと回答した。

 ところが、これについて市の公文書を管理する文書課に問い合わせると、その件に関する行政文書が存在せず、松原俊雄市長の議会発言が根拠であると回答した。この市長の発言は議事録に載っている。

 つまり、行政ではなく政治である。そして何と言おうと行政文書は存在しないが議事録はあるのだから、政治的であったことは公文書の裏付けがあり、政治的ではないという市長秘書広報室の説明には根拠が無い。



 市議会議員たちに訊いたら、松原市長の姿勢のためだと一様に言う。

 もともと、市長は選挙で自民党に支援してもらっているから自民党の顔色を伺っている。それで市民より自分の選挙が優先になる。その反映の一つというわけだ。

 そして、岸田首相が統一協会の問題を隠蔽しようとしていると批判されていること、例えば安倍晋三首相を歴代首相の中で最高だと賛美して、巨費を投じた国葬を行い、これに全国の自治体も調子を合わせて半旗を掲げろと要請したことに対し、自治体によって従ったり従わなかったり対応が別れたけれど狛江市は従ったということだ。従うと松原俊雄市長が狛江市議会で発言していた。岸田首相に合わせるという。これだけで充分すぎるほど政治的であるし、このことは記録する公文書があり、そうではないと考えることができる公文書は存在しない。

 それなのに、狛江市の市長秘書広報室は、政治的でないと虚偽を文書で述べた。


 これに市民から抗議があった。

 すると、市長秘書広報室は、何の根拠もなく、秘書広報室で政治的じゃないと言ったのだから政治的じゃないと繰り返し、それに従わない市民は無視すると宣言した。実に横柄でファッショである。

 それで行政への苦情を申し立てる部署は無いかと市役所の案内で訊いたところ、総務課に訊いて欲しいとのことで、すると総務課からは、狛江市には世田谷区のような市民から行政への苦情を聴く制度が無いとのことだった。在るのは「市長への手紙」だけで、これは質問に対して広報するだけ。苦情に対応して場合によっては不正を調査するというものではない。


 これだから「市長への手紙」は虚偽の回答を平気でやらかすのだ。

 まったく「あなたの声を市政に」が聞いてあきれる。それで制度を改めるよう、超党派で市民から議員に陳情することになった。はたして、制度改革ができるだろうか、

 
 
 

更新日:2024年5月23日

 前に、東京都狛江市の市長と統一協会の関係を問題にした。

 これは、狛江市が安倍晋三の国葬に市役所で半旗を掲げたことが発端だった。これについて市の広報は、前例に従っただけで政治的な判断ではないと説明した。では前例とは何かというと、中曾根康弘の葬儀であるとのこと。自民党による元総裁へのお別れ会という私的なものでありがら国会との合同という形式をとることで巨額の公費を支出したため厳しく批判されていた。そんなものを狛江市は「国葬に準じたもの」として、安倍晋三の国葬でも半旗を掲げたというのだから逆であり、そんなものを前例とするのは強引どころか実に悪辣というべきである。

 何より問題なのは、中曾根康弘も安倍晋三も統一協会と密接な関係がある政治家であるから、狛江市の対応には偏った政治性が存する。こんなことを中立である行政の判断として良いわけがない。


 ところが、狛江市の行政文書には、そんな記載がない。

 これは文書課に問い合わせたところ、該当する記載の行政文書が存在せず、なぜなら松原俊雄市長の議会での発言が根拠であるから、政治であって行政ではなかったのだ。

 それを狛江市長秘書広報は、政治的ではないと言っていたのだから、虚偽である。しかも、松原俊雄市長の議会発言とは、岸田首相が統一協会の件を誤魔化して、選挙演説中に襲撃されたから民主主義を守るための国葬であると空々しいことを言っていたが、それに迎合するというものであり、議員や市民たちから批判が起きていた。それを政治的ではないと強弁した。

 つまり市長秘書広報は市民に対して嘘をついたということだ。


 この嘘を訂正して謝罪するべきだと申し入れた。

 すると半年も放置したうえ、無視なのかと思ったら突然の回答があり、それでも虚偽ではなく、政治的ではないと、根拠も無く繰り返したうえ、それを受容れない市民に対して今後は回答を控えさせてもらうというものだった。

 今流行りの「答弁を差し控えさせていただきます」だ。


 田中真紀子が会見で言っていた。

 「差し控えるっていうのは、疚しいから答えられないってことでしょう。そう言えばいい。国民はそんなバカじゃありませんよ。そんなことを言うなら国会議員になるのを差し控えるべき」

 まさにこれで、狛江市の松原俊雄市長は、市長になるのを差し控えるべきだ。



 この件は、狛江市の市議会議員たちのうち自民党系以外の各党派に報告している。そのさい言われるのは、松原俊雄市長は選挙での支援を優先させて媚びているのが丸判りだということで、たしかに、これは市長の態度から誰にでも判ることだ。

 
 
 

 同じ高校だった男の父親は最低な奴だった。

 こいつは、親の虐待を受けてきた人の話に「それは親のことを誤解してるんだ」と決めつけたうえ「俺なんかなあ、わがまま言って親父と口も利かなかったことがあるぞ、でも親父のおかげで稼業も財産も継げたから感謝してるんだ」と言った。

 このバカさ加減は、説明するまでもないだろう。


 この親父にして、この息子あり、だった。

 この息子は、偏差値が低くて学費の高い私大に入って、勉強しないでクルマ乗り回したり酒飲んだりしてばかりだったから、父親は時々だけど注意し、一度は怒って殴ったこともあった。

 それでもバカ息子は反省しなかった。しかし、そもそもは、クルマを買い与えて保険も車検も駐車場も燃料も費用を出してやり、親と連動しているクレジットカードを持たせて使い放題させている父親が、悪いはずだ。


 その父親だって二代目だった。

 それなのに、裸一貫から叩き上げた苦労人を装っていた。なら、ワガママだったけど相続できて良かったなんて言わなければいいのに、それをバカだから解らなかったのだ。しかも、本当に苦労したり辛い思いをしたりの人に対する思いやりが無い形で露呈させてしまうのだから最低である。

 この家業も三代目で傾いている。当たり前だろう。



 こんな親子が自民党のほとんどになった。

 議員に二世、三世、四世までいる。そして学費も遊ぶ金にも苦労せず、親から地位も財産も引き継いでいる。

 こんなことでは、経済が悪化して当たり前だし、共同親権のような異常さを発揮などできまい。

 こうして日本は衰退したのだ。

 
 
 
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