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​炬火 Die Fackel 

 「共産党は戦争反対なのぉ」と言った若い人がいた。

 そして「それなら選挙で投票したのにぃ」と。それを近所の知り合いの八十代半ばの女性が聞いて驚いたけれど、しかしそれも不思議ではないと思ったそうだ。なぜなら、昔と違ってこのところずっと共産党は戦争反対を言わなくなってしまっているからだ。

 たしかに、れいわ組や社民党に投票したという若い人たちの中には、戦争になれば若い人が犠牲になるということで戦争反対の政党に投票しようと思い、そこでなぜか共産党が選択肢に入らなかったのは共産党が戦争反対だと知らなかったからだ、という人が決して少なくない。それも当然というくらい、共産党は戦争反対を言わなくなって久しい。


 昔から共産党が何よりアピールしていたのは「戦争反対」だった。

 そのため、戦前戦中は軍国主義の権力から徹底的に弾圧されて死者も出ていた、ということを共産党は何より先ず訴えてきた。それが、もうほとんど言わなくなっている。だから若い人は知らないのだ。それで投票してもらえないなんて、とんでもない話だ。

 こうなってしまったのは「野党共闘」のためである。その女性の話に、これも近所の知り合いでベテラン共産党員たちは、景気対策と消費税の話ばかりになってしまったからだ、と言ったが、それだけではない。戦争反対を言うと立憲党が嫌がるからだ。


戦争法案に野党の民主党が裏切り賛成した
戦争法案に野党の民主党が裏切り賛成した


 そもそも立憲党と組めると思う共産党の方がどうかしている。

 これは、すでに多くの指摘が出ていた。しかし、共産党が選挙協力の話に乗ったから、それならばと他の野党も乗ったけれど、そうしたら立憲党に見事に裏切られた。これは、れいわ組の山本太郎も言っていた。

 まあ性懲りもせず野田佳彦をまた担いで再び大失敗して致命傷というほどの立憲党だけど、その前から同党の言いだしっぺである枝野幸男からして、その偽物ぶりはとうに指摘されていた。それなのに、志位和夫は選挙協力を言い出した。そして一定の成果が見られたのに思ったほどではないと、枝野幸男は共産党に足を引っ張られたと言って恩を仇で返した。しかも女番長が統一協会と関わる御用組合の「連合」にも媚びて共産党の悪口を言う始末である。

 

 この話題の時に、ベテラン共産党員のうち元議員である人が、社民党の悪口を言った。

 あのとき戦争反対で投票した若い人には、共産党のことを知らず、れいわ組に投票した人もいたけれど、社民党に投票する人たちもいた。これについて「社民党はもう潰れるのだから投票しても無駄だ」と言って腐した。

 そんなことを言っていていいのか。共産党こそ、日本最古で結党百年を超え、権力の弾圧にもめげずに奮闘していたのが、ついに存亡の危機ではないか。

 それも共産党には人を見る目が無いからだ。これが人柄の面だけではなく政治姿勢の面でさえ見る目が無いのだから深刻である。その共産党の元議員がいつも見下している地元の社民党の議員でさえ、昔から言っていたのだ。「元民主党でも、鳩山由紀夫や菅直人なら保守派でもリベラル派という部分があるけれど、枝野幸男なんてリベラル派どころか保守派ですらなくタダの右派だ」と。 

 まったく正しい指摘であるが、それを共産党は見抜けなかった。少なくとも志位和夫には解らなかった。これに党員たちは引きずられた。


 それで共産党の執行部委員長が代わった。

 ここで就任した田村智子は「野党共闘の前提が崩れた」と言って、共感できる個人を応援するだけにした。最初からそうするべきだった。いろいろ事情があるとはいえ遅すぎた。

 なんでそうなってしまったのか。機関紙『赤旗』の紙面がほとんど商業紙と同じなってしまったからだ。それで、商業マスコミの仕掛けるトリックと罠に多くの有権者は気づいているのに共産党員だけが気付けなくなっているからだ。

 この指摘に共産党員たちは反発したが、それならどうして『赤旗』の内容が『朝日』や『読売』や『毎日』や『産経』と同じなのか、という質問には誰も答えられなかった。なぜかは、ここで前から何度も取り上げている通りの構造的な問題があるからである。しかし、それを共産党員は認めない。党中央委員会から上意下達のために発行される機関紙を鵜呑みにすることに慣れきってしまっているからだ。

 その結果、共産党は戦争反対を言わなくなり、戦争を危惧する若者から選挙で投票されなくなってしまったのだ。

 
 
 

更新日:3月3日

 もともと立憲党の支持者は「リベラル」と言う名の反共主義者だった。

 だからSNSでの応援団は実質「反自公ネトウヨ」と言われ続けてきた。その人たちは、その呼び方に反発していたが、その反発ぶりが、言われていることの証明だった。

 もちろん、排他的であるなら共産党やれいわ組の熱心な支持者にもいて、狂信的な人も目立っていた。けれど、発想が根本的にネトウヨと同じであることは、立憲党の支持者に際立っていた。

 その中でも特に枝野幸男の信奉者たちは「枝野を総理大臣に」とSNSで妄言を吐き続けたが、この態度は安倍信三や高市早苗を信奉するネトウヨたちと変わらなかった。先ずその個人崇拝。そのうえ政治経済外交の政策でも大差なかった。これは数年前から、しばしば指摘されてきたことだった。



 ところが当の枝野はというと立憲党結成時の泡沫人気が着実に萎み続けた。

 この泡が破裂したのではなく、確実かつ急激に萎んだのだった。一時的に受けた「立憲主義の尊重」とは、ただのウケ狙いで付け焼刃だったことが、地元選挙区で早くも露呈していたからだ。それで選挙のたびに得票を減らしていた。

 それが遂に自民党政治を追認して公明党と組むという悪手により結党の動機まで否定した。ほとんどの議員が落選し、枝野幸男は落選のうえ弁護士にも戻れず生活費の話をする無様さである。そんなに枝野幸男について、一時それなりには支持集めたけれども結局は劣化小泉純一郎レベルでしかなかったと評する人もいる。


 立憲党の崩壊は当然の帰結である。

 かつて山本太郎は、立憲の議員で個人的に頑張っている人ならいると言っていたが、これは事実だろう。否定する人はいない。だから、れいわ組も共産党も選挙協力した。それを裏切ったのは立憲党であった。

 そして立憲党の支持者たちは、結党の精神そのものの否定という批判をされてもその意味が理解できていない。それもそのはずで、かつて共産党の結党の精神を全否定する本を敵対する右翼出版社から発行して除名された党員がいたことに対し、立憲党員と熱烈支持者たちは共産党の方を非難していたのだから。

 それくらい立憲党を取り巻く人達は愚かで下品ということであり、またその保守性から、立憲党の支持者は無知で政治オンチの似非リベラル実質ネトウヨという誹りを受けるのである。

 
 
 

 落選した枝野幸男の生活費についての発言が話題に。

 政治献金だけでは食っていけないと言うことだった。政治活動資金と生活費の区別も必要で、講演があれば収入になるのでありがたい、などと言っていたそうだ。

 国会議員ということで威張っていた人が落選したら惨めということは昔からあった話だ。



 枝野幸男は官房長官まで勤めて落選した。

 しかし元々が弁護士だったはずだ。なんで本業の弁護士で稼がないのだろうか。よく弁護士が政治家になるのは落選してもまた復職しやすいことがあり、それを多くの人が実際やっているのに。

 例えば白川勝彦もと自治大臣は、自民党で大臣を勤めまでしたが当落選を繰り返し、晩年は弁護士活動を本格的に再開し「元自治大臣白川勝彦」という法律事務所のウエッブサイトの広告を大々的に掲載していたのを見た人も多い。


 枝野幸男は、もともと弁護士が駄目だったから政治家になったのだろうか。

 そもそも彼の政治に対する関心はまさに「にわか」であった。だからテレビ政治に乗っかって政界入りした。その見識の薄っぺらさは、よく指摘されている。

 これと白川勝彦は違っていた。どこが違っていたかというと、彼は大学生の時に共産党と正式提携している民青同で活動していたので、自民党に入ってからも「共産党は古巣」と言い、自民党の中でも常に左派で、進歩的な態度で一貫していた。政権交代が必要だとも言い、民主党から選挙に立候補も検討していたと言われる。

 つまり元々から政治に強い関心があったか否かの違いである。


 ところが枝野幸男になると、御都合主義ではすまなかった。

 それが、このたびの安保法を違憲から合憲への「ちゃぶ台返し」となった。そもそも枝野幸男は立憲党の言いだしっぺであり、それはなぜかというと安保法制が立憲主義の否定だということだったはずだ。

 そんなものは一時的な方便だったのだろう。だから枝野幸男は次第に選挙での得票を減らし、あげくの落選である。これでは弁護士としても信用できないから雇ってもらえまい。

 それで、国会議員から落ちたら弁護士に戻れず講演で稼ぐということだろう。出来損ない弁護士の政治家の無様な末路というわけだ、

 
 
 
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