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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年6月2日
  • 読了時間: 2分

 「論文に書いてあった」

 そんなことを「ドヤ顔」で言う人は、自分で論文を書いたことがない人で、そもそも論文とはどういうものか解ってない。

 こういう指摘を、大学の先生していた人が話に出していた。

 そもそもの話は、自分の頭で考えない人が、安易に「渡りに船」の論文に飛びつくものだ、という問題だった。


 論文は誰でも書ける。

 だから、後で間違いだと解るものもあるし、最初からデタラメとかインチキとかのものもある。また、盗作とかパクリとかもある。

 そこで勘違いする人がいて、書かれただけでなく読まれて審査された論文なら正しいと思ってしまう。これも大学の先生が指摘していて、査読論文とは、学術誌に掲載してよいか、その内容が、その研究の分野に合っているか、という意味で確認されたものであるから、内容が正しさが証明されたわけではない。



 文系と理系の論文で違うこともある。

 文系の論文は一人で書くのが普通だが、理系の場合は集団で研究したうえで書くことが普通にあるから、研究の班とかチームとかで、ただ名を連ねているだけのことも普通にある。

 それに関してだが、医療裁判(ホームページ参照)の時に、被告側の医師が、自分は日本で唯一その論文を発表しているので他の医師に無い知見があると豪語し、これを医師の代理人の弁護士が間に受けて、この医師は日本一の権威者だと言っていた。実は他の人が書いた論文に連名しただけ。実際に書いた医師は、後に他の医科大の教授になっているが、自分が書いたように言った被告側の医師は、講師止まりでアカデミズムの分野を去っている。


 弁護士は文系である。

 それで理系の論文を知らなかったにしても、お粗末すぎる。と呆れて言ったのは理系の院生である。また、その弁護士(京大法学部卒・もと高裁判事)は、その論文を自ら読んで確認していたら、連名しただけであると気づくはずだ。

 この話題の最初に出したとおり、都合が良い論文に飛びついて、論文というだけで権威があるように言ってしまい、自分で確認する作業を怠る、その典型である。

 それに弁護士だって、実は一人の弁護士が書いた訴状なのに、同じ法律事務所の弁護士全員の名を並べて載せてコケ脅しする手口が、ずっと昔から今まで続いている。そんなこと、医者は弁護士と違ってやらないと思っているのだろうか。そうかもしれない。そんな幻想を抱いている法曹関係者は結構いる。おそらく劣等コンプレックスによるものだろう。

 


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月30日
  • 読了時間: 2分

 トランプ大統領に敵視されているハーバード大学。

 ハーバード大学は、エール大学と共にアメリカの名門私大の双璧だけど、トランプが言ってるのとは違うことでハーバード大学は評判悪い。

 その双璧は、ビジネスの「ハーバード流交渉術」と、医学の「ハーバード基準」である。あんなことやってる大学ということで。

 

 アメリカの有名な弁護士が、ハーバード流交渉術を批判していた。

 あれには人と人との接し方として限界があるということだが、その効果はいかがなものかというものである。

 どうであれ大学の名を付けるというのが、なんとも気取っている。



 ハーバード基準とは脳死と臓器移植のため。

 それで、エリートが人の死を勝手に決めてしまうという批判がある。

 かつて日本のカルト団体の教祖が、団体の施設内で信者が死んでも放置していたため死体遺棄で逮捕され刑務所に入れられた事件があったけれど、このさい教祖は人の生死について独自の発想で語り「これは定説です」と繰り返したから、ちょっとした流行語になった。

 それとハーバード大学の医学部は大して変わらない。それどころかナチズムに通じる発想だという批判まで、アメリカであがっていた。


 ハーバード大学とエール大学はアメリカの名門私大の双璧。

 だから、日本なら早稲田と慶応だけど、入試の難易度は東大より高いと言う人がいる。

 これは人口比からの競争率だけど、しかし貧困家庭出身者は大学に進学できず、これは日本でもあることだけど、アメリカはもっと貧富の差が極端だから、最初から諦めざるを得ない人が膨大にいるので、競争率はもっと低いはずだ。


 トランプ大統領のせいでハーバードを追われた人がいる。

 それで東大が受け入れを表明している。どちらも臓器売買で騒がれたことがあるから、その点では親和性があるかもしれない。

 もちろん、医学部のことではあるが、体質が同じだから他の分野でも合うはずである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月21日
  • 読了時間: 2分

 トランプ政権が大学に介入している。

 それに賛同する人たちが少なくない。これについて米国在住の日本人学者が、正直驚いていると言っていた。賛同する人達が言うには、大学には公金が投入されているのだから政権の方針に従うのが当然だとのことだ。この発想がとても危険であることは歴史を見れば明らかなのに。

 しかし、この歴史を見れば明らかなことを解らないのは日本の大学生も同じである。



 かつて日本政府が何かの催しに合わせて国旗掲揚を大学に指示した。

 これに学生たちが反発したけれど、学生の中には「国立だから仕方ない」とか「国立だから当たり前」とか言う人たちがいて、これがテレビのインタビューでも放送されていた。

 国立だから駄目なのに、それを解らない人が一般人だけでなく当の大学生にもいるのだから由々しきことである。


 私立大学には国粋主義を売りにしている所がある。

 これは私学だからわざわざやっていることである。宗教の学校に特徴的で、学問とは無縁なことだからだ。それゆえ、一般的に国立は私立より水準が高いとされるのだ。低水準だから、学問とは関係ないことをやっているし、学問とは関係ないことをやっているから低水準ということにもなる。

 それに加えて、国から金が出ているから従えというのでは、スポンサーやパトロンである。そんなことをしていたらもはや学問ではない。


 これは基礎中の基礎である。

 なのに知らないとか解ってないとかの状態で平気でいる人達が大学生をやっているし、大学教授にすら解らない人もいた。御用学者とか、上昇志向で権勢に媚びている人とか。しかし、そんな人たちは保守的な学者からも軽蔑されているものである。 

 そんな軽蔑されている偽学者を慕っている学生がいることも確かだが、そういう学生は色々な意味で大したこと無い人である。 

 
 
 
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