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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年6月5日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月23日

 朝日新聞が、東京オリンピックを中止すべきとする社説を掲載した。

 それなら、これまで主催してきた高校野球甲子園大会も同じではないかとの指摘を受けていた。夏の酷暑に無理をするのが恒例となってしまっている甲子園大会は、毎年のように暑さで倒れる人が出るバイロイト音楽祭と同じだが、バイロイト音楽祭は新型肺炎のため中止となった。

 もともと危険があると問題になっていた東京オリンピックだが、朝日新聞はスポンサーに加わってしまったので中止とは言い出しにくかった。それでも勇気をもって社説で中止を提言したのだから、主催の甲子園大会も中止を決断すべきではないか。


 この社説に対して、朝日新聞社内で強い反発があったらしい。

 それは経営陣ではなく、社会部など編集局からの反発で、中止を主張したけれど開催されたら、中止の主張をした報復に取材で嫌がらせを受けて大会の情報が得られなくなり困るということだ。


 これは、皇室報道で群を抜く朝日新聞が、その情報を提供してくれる宮内庁にいつも媚びているのと同じだ。

 かつて朝日新聞社主=村山家の奥様が、朝日新聞主催の展覧会に来た裕仁天皇(当時)に展示品の話をしようと近づいたら宮内庁職員に静止されただけでなく殴られてしまい、骨折する重傷を負った。

 しかし、宮内庁を批判したら情報がもらえなくなってしまい、皇室の話題が大好きな大衆というかイノセントピープルというかに新聞が売れなければ商売に差し障るということで、朝日新聞編集局は記事にしてくれと言う村山藤子の訴えを拒否した。彼女は女性の国会議員に愚痴り、聞きつけた週刊新潮が得意の嫌味調で、社所有者夫人が重傷を負わされたのに相手が宮内庁だと何も言えない腰抜けの朝日新聞という記事を掲載し、一気に知られるようになった。


 まったく、皇室も五輪も同じ構造である。

 これも、始まってしまえばテレビで見る人が多くて話題になるだろうと踏んでいるからだ。そして実際に、そんな話題にばかり関心が高い人は少なくない。そんな人たちを客にしなければならないマスコミも無様である。

 
 
 

更新日:2021年6月24日


 「昔の戦時中に比べたら今は言論の自由があるのに、自分がTwitterでオリンピック中止を訴えても止まらないから、国が決めたことに対して言論は何の役にも立たないわけで、結局は選挙しかない」

 という趣旨のtweetがあって、これが編集者をやっている人のaccountだというので驚いた。

 そもそも、一人や二人がSNSで発信しても影響力が乏しいのは当たり前で、このことと言論の自由の有無とは無関係であるし、選挙で決まるにしても、その前に市民一人一人の言論による地道な訴えかけが無ければ結果は変わらない。

 こんな当たり前のことが解らないことに、まず驚いた。そして次に、この人が自称年齢六十代で編集者をやっていることに驚いた。


 これで思い出した映画が『モスラ対ゴジラ』(1964年)だ。

 この劇中、宝田明のふんする新聞記者が、台風で日本に漂着したモスラの卵を見世物にしようとする興行師たちを批判するが無視されて…

 「僕はもう書くのを止めます」と投げやりで腐る。

 「それじゃ、お前さんの負けだ」と田崎潤ふんする上司が指摘する。

 「いいですか、新聞は飽くまで報道であって、命令権も裁く権利もないんですよ」

 「お前、何年、新聞記者やってる。新聞は大衆の味方だ。権力者に成り上がってどうする」

 「しかし、いくら批判されても、あいつらは痛くも痒くもなく、宣伝になって好都合くらいに思っているんですよ」

 これに上司が怒って「お前のペンに力がこもっていないからだ!」

 つまり娯楽映画のdialogであり、ごく普通の常識である。





 それでも、冒頭で紹介した発言が、読売新聞の渡辺恒雄サンのような人が幅を利かせるようになってしまった後の、その影響下にある大手新聞で記者が言うならともかく、もっと前の世代の小規模のメディアで活躍している人が言っていたので、驚き呆れたのだ。

 なるほど、これだから今のメディア衰退も当然のことだと納得した。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年3月26日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月23日

 もともと「テレビ朝日で、まともな番組は『ドラえもん』だけ」と言われていたが、このたびテレビ朝日は『報道ステーション』のネット宣伝が厳しい批判を受け削除する事態となった。


 これは若い女性に「ジェンダー平等なんて時代遅れ」と、まったく事実に反するうえ問題に取り組む人たちを嘲笑することを言わせていたからで、女性を無知と決めつける蔑視でもあった。しかも消費税の問題で政権を擁護する内容。

 これについてテレビ朝日は、意図が伝わらず不愉快な思いをした人たちがいたらしい、という失言政治家と同じ言い訳をした。

 そもそもテレビ朝日の『ニュースステーション』~『報道ステーション』は反動番組だった。

 だいたい「ジェンダー平等なんて時代遅れ」という以前から同番組は、世界に冠たる経済大国である日本は豊かすぎて福祉なんて無用だとか、経済大国らしく国際貢献するため外国にまで戦争をしに行くべきだとか、そういう主張を繰り返し、福祉や平和が大事だと説く時代遅れの共産党などは国会から排除せよと、声高にヒステリックに主張してきた。ここで道化師役を務めたのが久米宏や田原総一朗である。


 そして最近のテレビ朝日は「野党がだらしない」をキャンペーンまがいに垂れ流している。これを今さら批判しても虚しい。前からのことだから。

 かつてヒットした映画『存在の耐えられない軽さ』公開時には「野党の存在の耐えられない軽さ」と侮辱する悪ふざけまでしていたが、こんな昔からテレビ朝日は野党を嫌らしく嘲笑する連続だった。他の番組も同じであり、表面的には政権批判しているように装って見せるから悪辣である。


 これに影響された人たちが、いわゆる反自公ネトウヨと化した。

 そんなテレビ朝日としては当然のCМを、作って公開したのだ。ただ、場が双方向のネットだったので、過去と違い厳しい批判を受け慌てる事態となった。その違いだけである。

 
 
 
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