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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年9月8日
  • 読了時間: 2分

 これは海外の左派ジャーナリストが指摘したことだ。

 かつてベトナム戦争について、欧米のマスコミは1968年のテト攻勢で実態が露呈するまでは、米国と南ベトナムが東南アジアの戦争に勝っていることにしていた。

 あの時と同様に、今はウクライナが戦争に勝利だということにしている。現実にはロシアおよびウクライナからの分離主義者が建国したドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国は、ウクライナ南東部を着実に支配している。

 つまり、ベトナム戦争での教訓を忘れているから、ウクライナ-クライシスのことでも同じ情報操作に引っかかるのだ。



 ネット民と言われる連中の低レベルは言うまでもない。

 上記のような戦争プロパガンダに過ぎない情報を公式見解と思ってしまい、どこの公式見解かも解らず、大手マスコミの垂れ流しを鵜呑みにし、これに疑義を唱えると不正義と見做して攻撃し、そうすることで自分が正義だと錯覚したがる。この単純さで、公式見解に反していれば「陰謀論」と言い出す。この思考の長所は簡単であることだけだ。


 もともと世界情勢では、長年の歴史的背景があって色々と言われている。

 その中で、極一部に「陰謀論」が唱えられることがあるにすぎない。しかし不勉強で何も知らず俄かにネットだけの人は視野が狭すぎるので、そんな人の目につくのは、公式見解のふりした世論操作と、興味本位の陰謀論だけになる。この御粗末な二局対立の構図がネット民にとっては世界の全てなのだ。なんと劣悪な頭悩。

 これは、ただ若いとかで無知ということでは済まない程度の低さである。


 また、大手マスコミに勤務している人たちも無知である。

 すでに大手マスコミは、過去にあった良心的な報道を否定することに躍起となってきた。だから、戦争で得たはずの教訓が生かされない。それは今や大手マスコミでは悪なのだ。それで、徹底的に無知となるように誘導されているのだ。

 

 これを、ウクライナ-クライシス以前から問題にしてきた。

 けれど、充分に理解されたとはいいがたい。前に述べた拙書の内容について、編集の指摘で付け加えた最後の部分は説明不足ぎみであるが、それ以外だと、マスコミが戦争正当化していることを前提にしていても、それが常識でないどころか、意味が理解できないと言う人がいるので深刻だ。

 それでも、対米従属の日本政府をマスコミが美化しているのだから、そのマスコミが同じ口でイスラムやロシアが悪いと一方的であるなら、これも対米従属だろうと疑って当然なのに、疑うこともできない人の思考回路は奇妙である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年8月17日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年8月17日

 フリーランスのジャーナリストを自称する志葉玲氏はツイッターのアカウントを持っている。

 これを、こちらはフォローもしていなければ、リプライしたこともないが、志葉玲氏はこちらのアカウントをフォローしていた。それでのことだろう。あるリプライが気に入らなかったようなのだが、それで反論するのではなく、人格攻撃をしてきた。

 それも、こちらが言ってないことを勝手に言ったことにして、それに対して誹謗するやり方だった。これは、当人に見立てた人形を串刺しにするようなものだから「藁人形論法」と呼ばれている。それを指摘したところ、否定するのではなくブロックする始末。


 志葉玲氏の藁人形論法は具体的に次のようなものだった。

 「自分と異なる意見は全て『忖度』と決めつける時点でジャーナリズムを語る資格ないですね」

 しかし、こちらのリプライに「忖度」の言葉が混ざってはいたけれど、「意見」に対するものではない。これだけで既に虚偽である。まして「自分と異なる」「全て」も当然ながら嘘である。

 


 もとは、志葉玲氏の新刊(ウクライナについての)が問題だった。

 ここへ記述された事実関係に整合性が欠けていて内容が間違いではないかと直接に問いただしたけれど志葉玲氏は言を左右して明確な回答が無かったという人が先ずいて、これを受けてジャーナリズム関係を標榜するアカウントが、志葉玲氏は取材手法の原則を守っていないことが明らかで、戦争の危機を煽り軍拡に利用しようとする危険な策動に翼賛する大企業マスメディア、および商売のために同調するフリーランスのジャーナリストたちと、志葉玲氏も群れていると指摘していたのだ。

 

 これに対して、こちらはリプライしたのだ。

 フリーランスのジャーナリストも、記事を売る先は大手メディアだから、身分が不安定であるぶん正社員以上に忖度や迎合をする、という事実は昔から大手メディアに勤務する記者も指摘していたことだけれど、それを知らない不勉強なフリーランスのジャーナリストは、バレバレであることに気づかない。(ほぼ原文のママ。ツイッターの文によくある『ですよ』などを省略しただけ)

 つまり、フリーランスが企業勤務者に同調している事実について、その動機を語るさい「忖度」という言葉【も】用いられたのだ。

 これに反論するなら、きちんとした取材に基づいて結果として同じになったというものであるべきだが、それが無かったというのが前提になっているので、では動機は何かということになる。そして商売優先だからで、むしろフリーランスの方がひどいという一般論になった。  

 この指摘に対して、志葉玲氏は藁人形論法を用いたのだ。


 なぜ彼は批判を受け付けないのか。

 社会に向けて発表すれば様々な評価があり、その中には批判もあることは当たり前なのだから甘受するべきもので、しかも自分で積極的に宣伝をしているのだから、そのさい反論があればすればいいし、無用なら無視や放置で済ませられることもある。ところが受け付けられず感情的になるのは、自分でも実は納得できなかったりするのではないか、という指摘が戦争反対のアカウントから寄せられていた。

 それもあるだろう。せっせと宣伝していても、ほんとうは自信がない。

 また、フリーランスのジャーナリストは、ウクライナその他に自腹で行くから、会社の経費で行く新聞社やテレビ局の記者よりも元を取ろうとの意識が強く、そんな商売に対する評価に神経質・過敏となるものだ。田中龍作氏や志葉玲氏らの、少しの批判・否定的評価すら受け付けない態度は、そこに起因しているのだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年8月5日
  • 読了時間: 3分

 自民党の猪口邦子少子化担当大臣は、旧統一協会と関わっていた。

 これは、その関連団体「世界平和女性連合」の催しに出席したうえ、同団体の関連月刊誌上で対談していたというもの。これについて猪口大臣は、関連団体であるとは「私は知らなかった」と弁解した。



 この人は元国際政治学者ということだが、ほんとうに知らなかったのか。

 国際は詳しいけれど国内は苦手ということなのか。そういえば似たような後輩ともいうべき三浦瑠麗という人も同じ肩書であった。

 また最近も変なことをテレビに出て変なことを言って話題になった。「体毛のレーザー」とか言うので無駄毛が気になり脱毛処理するのかと思ってしまったが、なんと皇室典範に書いてあることを不敬にも読み違えたということだった。

 やはり派手な服装でテレビに出ていることも共通しているから、政界入りする道を見習うのだろうか。

 

 大学では、国際政治と日本政治という授業の分類がある。

 しかし学問として細分化するものなのかという疑問は昔からある。医学で言えば、心肺停止した患者の傷を黙々と縫合している医師、みたいなことになりかねない。

 かつてスーパードライの宣伝に出ていた落合信彦の肩書が「国際ジャーナリスト」で、彼は元ネタからパクリも同然という批判もあったが、それとは別に、当時は朝日新聞の本多勝一記者が「ジャーナリストに国内と国際の区別は無い」と書いていた。

 しかし、朝日新聞の同僚で親交もあった伊藤千尋記者は、その後「国際ジャーナリスト」との肩書で選挙の応援などしているから、国際が付くとカッコイイと思う人がいるから意識しているのだろう。


 ところで、猪口少子化担当相は、歴史修正主義の世界に向けて発信することで先頭に立っていた。

 その意味でも、統一協会の関連団体であることを知らなかった、というのは無理な感じがする。今は安倍元首相殺害事件で統一協会が問題になっているので惚けているのではないか。


 こんな猪口センセイを朝日新聞は広報の紙面に登場させていた。

 ここで朝日新聞は左寄りというネトウヨ式の説教をされると、朝日新聞の記者たちが「我々も反省しているんですよ」と言って媚び諂っていた。


 そして、朝日新聞は、どうなったか。

 例えば、NHKの戦争犯罪を追及する番組が取りやめとなったうえ、その取材に協力した人たちを侮辱する内容が放送されたという事件。

 これは番組を知った安倍晋三議員がNHKに圧力をかけたからではないかと推測された。確かにその時、安倍議員がNHKの担当者を呼び出している記録が存在した。この件を報じた朝日新聞の本多雅和記者が左遷されてしまう。


 このように、朝日新聞では、記者が組織の中で自民党に媚びる上司から迫害されることが、その後も続いた。

 そして今もNHKと朝日新聞は、統一協会と自民党の癒着問題に踏み込もうとしない。


 前から朝日新聞の内部から言われてきたことがある。

 朝日新聞社内で、記者として活躍できなかった人が管理職になり、管理職になると普通は活躍する記者を様々な圧力から守るものだが、逆に迫害するようになってしまい、どうやら自分が活躍できなかったことで嫉妬しているようで、他の才能を発揮して会社に貢献しようという気が無く、自分が駄目だったことを出来る人の妨害ばかりするようになってしまった。

 これが続いた結果が今の体たらくだろう。


 

 
 
 
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