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​炬火 Die Fackel 

 悪名高い匿名のツイッターアカウント「Dappi」の件。

 このアカウントによる投稿で名誉を傷つけられたとして、立憲民主党の参院議員2人が東京都内のウェブコンサルティング会社に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁の新谷祐子裁判長は、投稿者名を開示するよう同社に命じる決定を出したそうだ。

 同社側は、決定を不服として即時抗告するかどうかを含め、対応を「検討中」と表明した。


 このアカウントは、そこの表示によると2019年に投稿を始めており、現在は約17万のフォロワーがいる。

 つねに与党に味方し野党を貶めており、野党を批判する出演者の言葉を紹介したり、与党議員の発言を評価したりする投稿を繰り返してきた。そのさい虚偽の内容を投稿することも度々であった。



 これに対し、裁判所として珍しい対応である。

 なぜなら、与党の側から野党を中傷している場合、特に東京地方裁判所は屁理屈で開示請求を拒絶するのが通例だから。

 これは通信の秘密という基本的人権の根幹に関わる問題であるから、権力に厳しく、市民に緩い、位が丁度良いはずなのに、裁判所のすることは逆なのである。

 この開示命令が上訴で否定され、また、開示を認めた裁判官が左遷されるのではないかと、危惧される。

 
 
 

更新日:2023年6月7日

 大石あきこ議員(れいわ新選組)の議会質問。

 「名張事件の奥西さんは再審中89歳で亡くなりました」

 「大崎事件の原口アヤ子さんは今94歳です」

 「再審は決定しましたが袴田巌さんは、事件から53年、今85歳です」

 「この人たちの人生において間に合う必要があると言う気持ちはありますか」



 前に福島瑞穂議員の質問をとりあげた。

 同議員は元々弁護士である。社民党の他の議員が同様の問題で同様に熱心か。れいわ新選組の他の議員についても同じことである。それにしても、冤罪など司法の暴走について、社民党もれいわ新選組も、このように熱心な議員がいるのに対し、どうして共産党は違うのだろうか。

 これは、共産党に熱心な議員がいないのではなく、党の全体が司法の問題に不熱心や無関心どころか忌避しているのだ。


 大石議員が狭山事件の石川一雄氏と一緒に撮影した写真を見た。

 石川氏とは前に会った時、防衛医大の近くだから、その土地柄について記述してあるので読んで欲しいと拙書『防衛医大…』を進呈した。これは前にblogに一緒の写真と共に掲載したから、見た人もいるだろう。

 事件から60年、石川氏は今84歳、冤罪と闘い続け、再審請求中である、という大石議員。


 これで思い出した。

 共産党はこの狭山事件と差別問題のことで揉めたのが今も後を引いて、相変わらず克服できてない。

 あくまで冤罪事件であり司法の問題だが、この事件の背景に差別の問題があった。差別の問題があるので、警察が偏見を持ったか、世間の偏見を警察が利用したか、両方であるか、それらの可能性は充分に考えられる。それはそれで社会にむけて差別はいけないと訴えるべきだ。

 しかし刑事裁判では、警察の証拠捏造など司法の不正が追及されなければならならない。それを脇に置いて差別糾弾しているのでは、裁判に便乗して政治利用する的外れになってしまう。

 そう指摘した共産党側に、運動団体が反発したから、共産党は退くことにした。


 他にも同様の批判が運動団体側に対してあった。

 だから共産党側に理解を示す人も少なくない。しかし、司法の問題は片端から避けるというのは滑稽だろう。これは慎重になるのとは違う。

 そうしているうちに共産党は、冤罪どころか、例えば警官から暴行を受けたという被害者の懸命な訴えすら聞かなくなってしまった。酷い時には、警官がゆえなく暴行するはずないから暴行された方に原因があるはずだと侮辱的に言うことまである。

 もちろん運動団体には変な人ばかりいる現実があり、それと関わっていないか疑心暗鬼になることは充分に理解できるが、だからと何もしなかったり、まして困っている人たちをバカにしたりで良いはずがない。それでは人間性を疑われるだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年6月3日
  • 読了時間: 2分

 4月27日の参議院法務委員会にて。

 国連自由権規約委員会からの勧告が出ている代用監獄の問題を、元は弁護士である福島瑞穂議員が取り上げた。

 警察留置場が主な代用監獄になっている。捜査と被留置者の管理が一体になっている点で長時間尋問や人権侵害が起きやすい。

 これに警察庁長官官房統括審議官は、ようするに効率的であるからやっているということで、質問で問題とされたことについては捜査担当者とは別の者が当たっているという答弁だった。

 この正当化は警察に限らない。


 かつて日経連の土光会長が東芝の会長だった時のこと。

 「電通は、東芝のために宣伝を頑張ると言うけど、日立や松下も引き受けている」と問題にしたら、電通の答えは「担当者は別で、部屋も別」だから安心してというものだった。商売敵も一手に引き受けているという危惧に対し、この答えで安心する経営者は少ないだろう。

 それと同じことである。これは一例であり、こういう問題つまり同じ所だから心配されたら、しかし別の者が担当しているので大丈夫のはず、というのは、挙げているときりがないほどだ。

 しかも、本件は警察の権力による人身拘束という人権侵害の最たることであるから、最も慎重さが求められる。


 警察留置場(代用監獄)で死亡する例が昨年27件。

 うち6件が自殺で、精神面のケアも必要。警察留置場における医療問題は改善できるのか。この質問に対しての答弁は、いちおうの配慮はあるということだったが、ようするに医療の専門家はいないということであると、その場で福島議員は指摘していた。


 かつて医療訴訟のさいのこと。

 防医大卒の医師らが「こんな手術では訴えられて当然だ」と言い、その会話をしていた医師のうちの一人が、後に法廷で証言した。

 そうなる前に、防医大側の弁護士の意を受けた警察は、訴訟を取り下げるよう原告を脅した。問題の手術をした医師とその代理人の弁護士は、被害は狂言だと決めつけていた。しかし警察の認識はちがった。深刻な被害があったとの認識はあった。そして、ちょっと拘束するくらいなら簡単で、すぐ釈放としても、それまで傷で弱った身体は耐えられないだろうと言って脅した。その警官は薄ら笑いを浮かべて言った。

 後は拙書のとおり。



 日本の権力は相変わらずということだ。

 


 
 
 
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