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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月18日
  • 読了時間: 2分

 杉田水脈議員は最高裁判所に上告していた。

 TBS記者の男性から性暴力を受けたと訴えた女性の記者に対し、ツイッター(現バツ。エックスとも言う)上で「枕営業の失敗」などとする複数の匿名投稿があった。これらは明らかに、匿名で嫌らしいことを投稿する卑劣漢の行為であった。

 こうした投稿25件に「いいね」を押した杉田水脈議員は、侮辱的行為であると訴えられていた。


 一審の東京地裁判決は侮辱と断定できないとした。

 「いいね」だけでは何に対してか不明確である。侮辱と断定できないとした。それが「称賛」から「悪くない」まで幅広い感情を含み、また対象が投稿の全部か一部かも区別できない。

 この一般論により賠償責任を否定した。

 それはある。


 例えばクリミア情勢でのこと。

 政治的な共感ではあく、あの美人検事ナタリアポクロンスカヤにハートマーク押しただけの人は少なくないだろう。

 だから、差別発言に共感して「いいね」しても、杉田水脈議員にハートマーク押したのだと空々しい逃げも可能である。



 ところが杉田水脈は他でも悪意を示していた。

 これを二審判決は重視した。杉田議員が当時、その女性記者に批判的な言動を繰り返していたことなど、「いいね」が押されるまでの経緯から「侮辱する内容のツイートに好意的・肯定的な感情を示すために行われたものと優に認められる」と結論付けた。

 これに不服だった杉田水脈議員は上告していたが、裁判官全員一致の意見で、上告の理由に当らないと退けられたのだった。

 これは法的な仕組みからテクニカルに無理だったはずである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月17日
  • 読了時間: 2分

 国家賠償請求訴訟は民事訴訟の制度を援用している。

 あくまで援用であるから、個人と個人の金銭に関わる争い揉め事とは全く違う。私人間での財産的な争いや調整で公を煩わせるのでは、それが市民の権利であるとしても、普段から納税している他に費用を支払わされるのは仕方ないと言い得る部分がある。

 しかし国家賠償請求訴訟は先ず国が原因を作ったことであるから、民事訴訟の制度を援用しているとはいえ訴訟の費用が要るということから不道徳である。



 しかも裁判所の誤りに異議申し立てするにもいちいち費用が要る。

 それも高額である。選挙の供託金と同じで、日本では市民が権利を主張するだけで高額な費用を国に払わなければならない制度になっている。しかも公的機関が気を付けていれば最初から何も問題が無かったことを追及したり救済を求めたりすることに対してまで要る、ということであるから非常に図々しい。

 そして国など公的機関の責任を裁判所が認めることは非常に少ない。特に日本では三権分立が無いからだ。


 やはり法律の改正が必要である。

 国家賠償請求訴訟は無料に。これに伴う抗告の費用も無料に。連絡の郵券はすべて国庫負担に。希望すれば弁護人も公費で雇える。ということにしなければならない。

 こうして訴訟が増えれば、国のほうでも誤りが無いように気を付けるようになり、必然的に訴訟も減る。


 なぜ法律が変わらないのか。

 おそらく国会議員に意識が乏しいのだろう。そんなことをしても票にならないからではないかと思ったら大間違いで、いろいろと議員に質問しても、ほとんどの議員は関心がなく、基礎的な知識を持ち合わせていないから、実態を訴えられてもチンブンカンプンなのだ。

 これは昔からの、日本人の法意識の弱さ、に由来しているのだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月10日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年2月10日

 ウエッブサイトの入力と表示。

 それを適切に入力しないと、表示が狂ってしまう。これと関係するが、前に敵意を持つ弁護士から、その法律事務所のホームページに事実無根の中傷誹謗を記載されたので訴えた。

 これに対して、その弁護士は、別の話をしているのと一緒くたになったように感じるだけだと弁解した。

 

 しかし、ソースのHTMLを表示させれば一目瞭然だった。

 別ではなく同じ枠組みに入っている。その弁護士は、この種の知識が全く無いと自認していて、だから他人に頼んで作成していたようだ。

 もちろん作成した人は知識を持っているから、表示して違わないよう適切に入力していたのだ。それが解らない弁護士は口から出任せの抗弁をして、すぐにボロが出たという次第である。

 


 すると、その弁護士は奥の手を使った。

 自分は元高裁判事であり退官後に弁護士となってからも政府の業務を請け負っている立場であると言ったのだ。

 要するに「政治的配慮」「忖度」を裁判官に求めたのだ。これに裁判官は応えて「訴えられたら書き換えたので違法ではない」という判決だった。

 

 そこで直ちに、非常識すぎて違法であるという訴訟を別件で起こした。

 この小島という「ドサ回り判事」と言われる男のトンデモ判決について、たしかに非常識ではあるが上告審で是正されるべきことだという判決であった。

 

 しかし上告審では、吉戒修一という悪評の判事が裁判長として出てきた。

 そして、判決文を書く陪席判事に「政府の仕事をしている弁護士の先生を何としても勝訴させてあげなさい」と、法廷で堂々と指示した。そのさいニタニタ笑っていた。

 それで傍聴席は騒然となり、すると心配した廷吏が警備員を呼び、さらに大騒ぎとなり、そのまま閉廷。

 結果、原審のやりとりを完全に無視して、ただ「誰の名誉も毀損していない」という、弁護士が読んでも意味不明の判決であった。

 この吉戒修一は荒唐無稽な訴訟指揮と支離滅裂の判決にすることで「強気を助け弱きを挫く」ことを繰り返し裁判所長に登り詰めて、後に非常に有名になる。

 

 このあと問題の弁護士は世間に非難されていた。

 そして、この人の法律事務所はホームページに嘘を書いても大丈夫だから、これでは信用できないと言われていた。ごもっともである。

 しかし、権力の不正にもかかわらず、こういう結果が出るのも、前回に述べたとおり整理整頓と効率化のおかげである。元はウエッブサイトの入力から御用弁護士の不正が発覚したのだから。その弁護士の事務所がゴミ屋敷も同然であるのを他人に片付けてもらい何が何処にあるか解らなくなっていたのに対し、それを追及する方は清潔にしていた、という状況だったのだ。

 そこで教訓は、社会の腐敗に対抗するには先ず自分の部屋を綺麗にすることから、である。

 
 
 
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