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自分のことを棚に上げてマスコミを批判する弁護士

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年1月5日
  • 読了時間: 2分

 死んだ赤ん坊を抱いた女性が警察に来た。

 その女性は、独りで産んだが、どう世話してよいか解らなかった。そして子供への対応が適切でなく死なせた。だから自分の責任であると思い、警察に行ったということだった。

 それなら誰か相談する相手はいなかったのだろうか。

 そういう残念な話であった。


 この事件は実名報道された。

 そんな気の毒な女性を曝し者にするなんて、いくら責任があるとしても可哀想だ。発表した警察からして何を考えているのか不可解だが、報道する各社も。実名報道するなら、もっと酷い事件があるのに。マスコミは判断の基準が間違っている。

 そう批判していた女性の弁護士がいた。


 マスコミの判断基準は訴訟リスクである。

 もしも実名報道した場合、対象が名誉毀損やプライバシー侵害で訴えてくることがある。その心配が小さいほど実名報道しやすい。それで弱い者いじめのようになる。

 しかも、社会的な地位が高い人ほど賠償金は高額になる。責任ある立場だから批判も甘受しなければならないという常識は、日本の司法では通用しない。社会的地位が高い人ほど、恥をかかされた損害は大きいから高額な賠償金は当たり前で、自分の失敗が原因だから自分の責任じゃないかと普通は思うが、司法では違う。エライ人がドジを踏んでもメンツを潰されてはならないという発想である。

 ここには、裁判官も検察官も自分がエライ官僚だから、という意識が働いているし、弁護士の発想も同じだ。

 

 莫大な賠償命令をされたら経営に打撃である。

 そのうえ刑事にもなれば逮捕である。カビやホコリだらけの部屋に監禁し、夏は冷房なし、冬は暖房なし。密室をいいことに警官が暴力をふるう。だから生命に関わる。社会的生命だけでは済まない。

 これが実態だから、マスコミばかり責めても気の毒な部分がある。



 そこで弁護士は何をしているのか、ということ。

 問題は権力や資本の御用聞き弁護士だけでない。マスコミを批判する弁護士は、そんなに報道の責務を問題にするなら、それを果たそうとして権力に弾圧されたマスコミを擁護して闘うべきである。それこそ弁護士の責務である。

 しかし、だいたい弁護士はマスコミを批判しっ放しだ。弱者のために権力と闘うなんて苦しいことだし儲かりもしないから避ける。これは、マスコミも弁護士も全く同じ態度なのだが、弁護士は自分のことを棚に上げてマスコミを批判する。それが弁護士の実態である。


 これはSNSにも反映しているから、観察すると良く判る。

 

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