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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月29日
  • 読了時間: 2分

 その交通事故の裁判。

 これは37歳の医師がフェラーリを120kmでぶっ飛ばし、右折する対向車と衝突して9歳女の子を死亡させた事故であった。

 危険運転による致死で重罪のはずである。ところが「右折する際十分に確認しなかった対向車の事情も影響」として医師高倉裕征被告に禁錮3年・執行猶予5年の判決となった。

 


 執行猶予は甘すぎると批判の声が上がっている。

 さぞ女の子の親は無念だろう。まさか対向車が120キロで暴走してくるなんて、誰も想像もしないだろう。一般道路でそんな高速で暴走しておいて、ぶつけられた方にも責められるべきだという裁判官。

 常識がなさ過ぎると非難している人たちがいる。金持ちのだから、医師だから、つまり「上級国民」だからというのは不当すぎるということだ。

 しかし司法の世界では、むしろ常識である。


 医療過誤訴訟の時も、そうだった。

 医学的に非常識な手術で手が動かなくなり音楽大学の受験を諦めたという患者の被害について、医師の弁護士は「そんなものは損害のうちに入らない情緒的な話で、しょせん芸人になりそこなっただけ。それに対して医師は社会的地位が高い。その程度のことで貶められるべきではない」と主張した。

 社会的責任の重い立場だから厳しくて当然ではなく、社会的地位が高いから甘くして当然なのだ。

 これが裁判の実態である。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月13日
  • 読了時間: 3分

 兵庫県警が12歳の女の子に噓の自白を強要した。

 これは男子児童に強制猥褻行為をしたという内容で、実は被害に遭ったという話は虚偽の申告だった。それをやったと認めさせた。つまり警察は、そもそも事件が無いことを、自分がやったと自白させたのだ。こうするため3時間も尋問したうえ、自白しないと返さないと脅し、また犯人扱いして写真撮影までするという違法行為に及んでいた。

 よく日本で冤罪といえば、警察と検察が昔から使う手だが、それを12歳の女の子にまでやらかしたのだ。


 よくあることだが、遂に、こんな年少者にまで及んだのだ。

 それに、兵庫県では政治がらみで刑事案件になることがあり、それなのに警察は一向に動かないことが批判されていたから、それでいて子供を人質司法と誘導尋問で冤罪に陥れることはやっていたということで、憤り呆れられている。

 しかし、昔から兵庫県警は腐敗の巣窟だから、お笑い芸人がネタにして、それをテレビ番組で堂々と披露したことがあるくらい有名である。

 





 『交番のウラは闇』という内部告発本がベストセラーにもなった。

 これは兵庫県警の警官が自らの体験を綴ったもので、これに対する報復として警察は出版社に嫌がらせのガサ入れをした。

 この出版社から一冊だけ本を出した(『朝日新聞…』、詳しくはサイト上部の『ホームページ』から移動して参照)だけで、その出版社とのやり取りを盗み見するため。兵庫県警は東京まで来て寓居に押しかけ土足で上がりこみ暴力をふるって、パソコン内の通信記録をデジカメで撮影した。違法な送信をした疑いというが、その捜査令状は無く、その送信があったという時には未だ買っていないことが保証書とシリアルナンバーから解る、つまり物理的に無関係であること明らかな、タブレットとスマートフォンのデータを「押収」したのだ。

 

 地元の警察署で警官に訊いてみた。

 覆面パトカーで関西から東京まで往復するのは相当な労苦である。そうまでする事件とは思えず、その警官にとって余程の執念があったのだろう、と言っていた。また、兵庫県警と大阪府警は他の警察署と違う特徴があるように言われることがあるのは事実で、だから何だと他の署の警官から言うわけにはいかないと言うことだった。

 あとは裁判で追及するしかないが、裁判官は関西の警察を怖がって及び腰である。それでこちらに八つ当たりで裁判官の席から怒鳴り散らすなど酷い態度であることは、前に報告したとおりである。この裁判官の醜態は滑稽なので、裁判の次の期日にはぜひ傍聴を。その日時が決定したら、ここで告知するので、閲覧を続けて欲しい。

  

 
 
 

更新日:2025年4月9日

 元弁護士の山添拓議員が国会で追及していた。

 かつて治安維持法に基づいて弾圧された人に対して、政府は今も居直っていることを。正式に成立した法律に基いて適法に処刑されたのだから国は悪くないと言い続けるのは非人道的であると。

 これはドイツも同じだ。ナチス政権下での弾圧は適法に行われたというのが公式見解である。



 このことは『白バラ』の映画にあった。

 ナチス政権下で政府を批判するビラを配布した大学生グループを全員死刑にした事実を映画化したドイツ映画『白バラは死なず』の最後で。この見解が批判的に引用されていた。

 この映画でも、後に発見された資料も考証に加えて再映画化された『白バラの祈り』でも、裁判官の異常な対応が描かれている。いくら適法でも、法律が悪いとしても、裁判官が政権に媚びず公正であれば、あそこまで酷いことにはならない。


 イーロンマスクが、悪い評価の裁判官を毎年1%解雇すべきと主張した。

 この評価とは、どのようにするべきかで問題になる。だいたい、デタラメな訴訟指揮と判決ばかり繰り返している裁判は、そうすることによって権力に媚びているのだから、これをいくら評判が悪くても解雇することは難しい。

 逆に、喩えばジョングリシャムの『ペリカン文書』のように、環境破壊で大儲けを企む企業及びそのお零れに預かりたい田舎者たちが、開発差し止め請求訴訟で邪魔になる裁判官を排除したい、というようなことが起きるだろう。

 しかし客観的に評価できることはあるので、これを公正に行えば、悪い裁判官を追放することは可能だ。


 東京高裁の三角比呂裁判官など代表的だ。

 法廷で平然と嘘をつく、訴訟の内容と判決の内容が全然違っている、いちいち荒唐無稽や支離滅裂である、などなど。これに裁判の当時者はもちろん、普段は裁判官の批判は控えている弁護士まで、三角比呂は無茶苦茶なことを平気でやらかしていると言っているほどだ。

 こうすることで順調に昇進している裁判官が司法を牛耳っているから、検察官は捏造で冤罪を作ってばかりいるし、どうせ無駄だとやる気を無くしている弁護士ばかりになる。そして真面目な人は法曹を志望しなくなり、優秀な人材が集まらず、日本の司法は無能な人ばかりと何十年も前から言われてきたのだ。

 

 だからイーロンマスクの言う通り三角比呂裁判官を解雇すべきである。 

 


 
 
 
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