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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月18日
  • 読了時間: 2分

 ヤクルトスワローズが日本一になったさいのインタビューで、高津監督は「ファンと選手とチームスタッフに、感謝、感謝、感謝、です」と言った。

 これは野村監督を踏襲した言葉だったが、その日本一のさい、高津監督は投手として相手方の西武ライオンズを抑えて勝利していた。


 この時のヤクルトスワローズ主力選手たちが、後に監督として活躍している。

 まず古田捕手が、かつての野村監督のように兼任し、古田捕手より少しだけ年上の栗山監督が他のチームで采配していた。そして少し年下の真中監督に高津監督ということである。

 このたびに「池山監督じゃないのか」と思ったが、色々と事情があるのだろう。


 西武ライオンズにしても、あの時に森監督の体制で主力選手だった人たちが伊東監督に渡辺監督、他のチームで秋山監督に工藤監督ということになっているが「清原監督は無いのか」と思って、ここでも色々と事情があるということだろう。


 主力中の主流選手でも、監督になるかどうかは話が別であるが、ヤクルトスワローズでは初優勝の時の主流中の主流選手であった若松監督が野村監督の後の監督の一人として優勝もしているから、そのうち池山監督もあるかもしれない。

 ところで、ヤクルトスワローズが野村監督で優勝の時、前からいた荒木投手が、あの靱帯修復の名人として知られるジョーブ博士の手術を受けて復帰したが、どうも新しい体制になじめなかったのか、その前にヤクルトスワローズで選手だった大矢監督の横浜ベイスターズに移籍したし、ヤクルトスワローズの優勝にもっとも貢献した広沢選手が球団から失礼なことをされて怒って読売ジャイアンツに移籍したが馴染めず、そのあと野村監督を雇った阪神タイガースに、まるで野村監督を慕うように移籍して活躍した。

 こういうことは他にもあげていたらきりがないけれど、こういう色々な影響があるのだから、名選手と名監督と球団ということは単純にはいかないのだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月28日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年11月29日


 実は親が神宮球場の職員と知り合いだった。

 それで小さい頃から神宮の水泳兼スケート場にフリーパスだった。そのさい職員からフィギュアスケートを教わっている。それで東伏見でも芦ヶ久保でも一緒に行った人から上手だと言われ、小さい頃から神宮でよく滑ったし習ってもいると説明してきたものだ。


 それで神宮球場もタダで野球観戦した。

だから球場内でよくかかる応援歌「♪ぼくらスワローズ親衛隊」というのも自然に憶えてしまった。『東京音頭』なんかずっと後のことである。

 また、初優勝の時の主力選手だった若松監督が選手時代に書いたサイン色紙も持っている。それで野球ファンの同級生から、よほど年季の入ったスワローズファンだと思われている。総てはコネがあったからである。



 この若松監督は「ヤクルトスワローズファンのみなさん、優勝おめでとうございます」がウケていた。

 そして若松選手の当時に初優勝した次の優勝の野村監督の当時の主力選手だった人たちが監督をしている。今回は高津監督が優勝のインタビューで野村監督を踏襲し、ファンと選手とチームスタッフに「感謝、監視、感謝です」と言っていた。

 今年の日本シリーズは面白い試合だと評判で、たしかに芝居なら観客が役者におひねりを投げるくらいだった。


 このところスタジアムにも行かないし、テレビも見ないので、野球の用語をフォローしてなかった。

 それで、大相撲の物言いみたいに監督が審判へ再審査請求するのを「リクエスト」と言っていることに認識が無かった。これは良い用語ではないか。今度、行政訴訟なんかのさい使おうと思う。また、かつて新庄選手やクロマティ選手がやったように敬遠の隙をついてバットに当てスクイズみたいにするのを封じるためなのか手間暇を省くためなのか「申告敬遠」というのも同様に認識してなかった。

 あと、ホームランバッターに「ラオウ」というニックネームの選手がいるので『北斗の拳』は、まだ人気があるのかと再認識したのだった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月22日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年11月25日

しっ

 今、プロ野球の日本シリーズが開催されている。

 ヤクルトスワローズの高津監督は、かつてシンカーを得意とするセーブの投手として活躍していた。93年の日本シリーズ最終戦では、当時圧倒的に強かった西武ライオンズ最後の打者で強打者-鈴木を空振り三振にし、これでヤクルトスワローズが日本一になったことが印象に残っている人も多いだろう。

 

 この時、西武ライオンズの森監督と、ヤクルトスワローズの野村監督は、元名捕手同士の対決らしく、監督としての采配が詰将棋の名人戦みたいで面白いと言われた。

 このあとヤクルトスワローズは、古田捕手が南海ホークス時代の野村監督のように兼任で監督をしたり、ヤクルトスワローズ初優勝当時の主力選手だった若松監督になったりで、そのあと高津監督になった。


 この高津監督は、投手の当時、テレビで視聴者を笑わせる発言をしていた。

 高津投手が言ったのは、スポーツ選手としてトレーニングで身体を造っていることについて、しっかり鍛えている自負があり、それは服を脱いで見せれば納得であるはずだ、という意味だった。



 この当時、テレビで放送していたエステの宣伝が話題になっていた。若い女性が会社の面接で、年配の管理職っぽい女性から「あなた美人ね。顔だけで世の中を渡っていけると思っているんじゃない」と、よくある意地悪な調子で言われたから「はい、思っています」と居直ったうえで「私、脱いでも凄いんです」と言う。これを演じた女性はインタビューで、話題になったことで、よく「ほんとうに脱いでも凄いんですか」と訊かれるようになってしまったと言って笑っていた。つまり女性の身体のプロポーションのことだった。


 それを高津投手は真似て「私、脱いでも凄いんです」と言ったのだった。



 この、当時話題のCМとトレーニングをひっかけての冗談も可笑しかったが、堅物で糞真面目かと思っていた高津投手に意外とオチャメな面がある意外さが面白かったのだった。

 ということで、野球そのものとは直接の関係がない話題であった。 


 追記

 その後から、高津監督は陽気な人と知った。歌真似はもちろん、『ニュース23』に出た時など背広着て筑紫哲也の真似して「こんばんは、高津哲也です」と言って代わりにニュースを読んだり、かなり愉快なことをしていたのを記憶している。

 
 
 
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