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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月28日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年11月29日


 実は親が神宮球場の職員と知り合いだった。

 それで小さい頃から神宮の水泳兼スケート場にフリーパスだった。そのさい職員からフィギュアスケートを教わっている。それで東伏見でも芦ヶ久保でも一緒に行った人から上手だと言われ、小さい頃から神宮でよく滑ったし習ってもいると説明してきたものだ。


 それで神宮球場もタダで野球観戦した。

だから球場内でよくかかる応援歌「♪ぼくらスワローズ親衛隊」というのも自然に憶えてしまった。『東京音頭』なんかずっと後のことである。

 また、初優勝の時の主力選手だった若松監督が選手時代に書いたサイン色紙も持っている。それで野球ファンの同級生から、よほど年季の入ったスワローズファンだと思われている。総てはコネがあったからである。



 この若松監督は「ヤクルトスワローズファンのみなさん、優勝おめでとうございます」がウケていた。

 そして若松選手の当時に初優勝した次の優勝の野村監督の当時の主力選手だった人たちが監督をしている。今回は高津監督が優勝のインタビューで野村監督を踏襲し、ファンと選手とチームスタッフに「感謝、監視、感謝です」と言っていた。

 今年の日本シリーズは面白い試合だと評判で、たしかに芝居なら観客が役者におひねりを投げるくらいだった。


 このところスタジアムにも行かないし、テレビも見ないので、野球の用語をフォローしてなかった。

 それで、大相撲の物言いみたいに監督が審判へ再審査請求するのを「リクエスト」と言っていることに認識が無かった。これは良い用語ではないか。今度、行政訴訟なんかのさい使おうと思う。また、かつて新庄選手やクロマティ選手がやったように敬遠の隙をついてバットに当てスクイズみたいにするのを封じるためなのか手間暇を省くためなのか「申告敬遠」というのも同様に認識してなかった。

 あと、ホームランバッターに「ラオウ」というニックネームの選手がいるので『北斗の拳』は、まだ人気があるのかと再認識したのだった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年11月22日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年11月25日

しっ

 今、プロ野球の日本シリーズが開催されている。

 ヤクルトスワローズの高津監督は、かつてシンカーを得意とするセーブの投手として活躍していた。93年の日本シリーズ最終戦では、当時圧倒的に強かった西武ライオンズ最後の打者で強打者-鈴木を空振り三振にし、これでヤクルトスワローズが日本一になったことが印象に残っている人も多いだろう。

 

 この時、西武ライオンズの森監督と、ヤクルトスワローズの野村監督は、元名捕手同士の対決らしく、監督としての采配が詰将棋の名人戦みたいで面白いと言われた。

 このあとヤクルトスワローズは、古田捕手が南海ホークス時代の野村監督のように兼任で監督をしたり、ヤクルトスワローズ初優勝当時の主力選手だった若松監督になったりで、そのあと高津監督になった。


 この高津監督は、投手の当時、テレビで視聴者を笑わせる発言をしていた。

 高津投手が言ったのは、スポーツ選手としてトレーニングで身体を造っていることについて、しっかり鍛えている自負があり、それは服を脱いで見せれば納得であるはずだ、という意味だった。



 この当時、テレビで放送していたエステの宣伝が話題になっていた。若い女性が会社の面接で、年配の管理職っぽい女性から「あなた美人ね。顔だけで世の中を渡っていけると思っているんじゃない」と、よくある意地悪な調子で言われたから「はい、思っています」と居直ったうえで「私、脱いでも凄いんです」と言う。これを演じた女性はインタビューで、話題になったことで、よく「ほんとうに脱いでも凄いんですか」と訊かれるようになってしまったと言って笑っていた。つまり女性の身体のプロポーションのことだった。


 それを高津投手は真似て「私、脱いでも凄いんです」と言ったのだった。



 この、当時話題のCМとトレーニングをひっかけての冗談も可笑しかったが、堅物で糞真面目かと思っていた高津投手に意外とオチャメな面がある意外さが面白かったのだった。

 ということで、野球そのものとは直接の関係がない話題であった。 


 追記

 その後から、高津監督は陽気な人と知った。歌真似はもちろん、『ニュース23』に出た時など背広着て筑紫哲也の真似して「こんばんは、高津哲也です」と言って代わりにニュースを読んだり、かなり愉快なことをしていたのを記憶している。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年9月26日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年11月28日


 暴力沙汰で謹慎中の選手を移籍させた読売ジャイアンツの「中田問題」とともに、プロ野球界の体質が批判された。

 もともと日本のプロ野球では、選手に暴力をふるう監督に人気が集まり、暴力を排除する監督は不人気であったから、例えば米国から来た選手が良い成績だったのに解雇となったのは、監督が他の選手に暴力をふるうのを止めたからだった、なんてことまで起きている。

 

 そして、スポーツ界が全体的に洗練され近代化しているのに、プロ野球と大相撲は旧態依然だと問題にする人たちがいる。

 しかし、これはアダルトビデオと同じで、AV業界は女性への人権侵害とともに暴力体質も深刻だが、では健全化で安心して鑑賞できるようになればいいのか。それは違うだろう。そんなものは見なければいいだけのことだ。商業的に成立しなければ衰退していずれ無くなる。



 それで誰も困らない。他人がしているのを見てないで自分ですればいいだけのこと。既にかなり前から米国では、そんなものばかり見ていると依存症になり性的不能を引き起こすことが指摘されている。だから無くても困らないどころか無い方が良い。

 これと同じで、大相撲とプロ野球が無くなっても、相撲そのもの野球そのものが無くなるわけではなく、好きな人は自分でやればいい。


 もともと米国では、愚民化政策として財界も後押ししてポルノ解禁した。これはすぐに飽きられたが。

 そして日本では大相撲とプロ野球こそ愚民化政策であった。この「パンとサーカス」で、あの正力松太郎が中心的役割を果たしたことは有名である。しょせんは、そんなものだった。そのうえ一向に暴力体質が改まらないのなら、こちらも無くなってしまった方が世の中の為である。

 
 
 
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