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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月3日
  • 読了時間: 2分

 アントニオ猪木が享年79歳とは、格闘家にしては長生き。

 だいたい格闘家は無理しているので短命である。前田日明というプロレスラーが講演をしたさい録音の起こしをしたことがあり、これが雑誌に掲載されたのを読んでくれた方は憶えているだろうが、そこで彼は、年齢的に遅く子供ができたので、それが大人になるまでに父親が存命か不安で、なぜなら格闘家は屈強で健康そのものだったのが六十歳代にあっさりと死ぬことがザラだから、と言っていた。

 それで、政治の話をするようになった。子供が将来を生きる社会について今のうちに語りたいからとのことだった。


 アントニオ猪木は政治にどこまで本気で関心があったのか。

 もともと「茶番劇」とは本来は悪い意味ではないそうだが、アントニオ猪木が都知事選に立候補し、小沢一郎らが推す磯村候補に対抗すると言い出したのは、NHKにいた当時の磯村にテレビで、対モハメドアリ戦を悪い意味で「茶番劇」と言われて怒っていたからだった。

 ちなみに、アントニオ猪木はモハメドアリから「ペリカン」と言われたが、元妻の倍賞美津子は、寝ている時に上顎と下顎の歯の間がやけに空いているので指を差し込んでみたら奥まで楽に入ったと言って笑っていた。



 モハメドアリは猪木と他流試合するさい制限つけてきた。

 まったく異なった格闘では力が発揮できず不利だと考えたらしい。アントニオ猪木はハルクホーガンの技を食らって失神させられたことがあるけれど、ハルクホーガンといえばタレントとしての活躍も目立つレスラーで、CМやハリウッド映画に色々と出演しているが、そのうち『ロッキー3』では他流試合する場面があり、ここでハルクホーガンの傍若無人に怒ったロッキーがグラブを外して殴りに行く。

 だからモハメドアリがプロレスラーと闘うなら条件をつけるのも理解できる。


 高校の時にあった喧嘩の話。

 それは、ボクシングやっていて腕っぷしに自信のある奴が決闘を言い出したさい、こちらの仲間が勝手に受けて立つと言い出し、その代わり、そっちのリングに上がるのだからハンデがないと不公平だから条件があると付け加えた。ボクシング部の連中が「じゃあ、お前らだけヘッドギアつけていいぜ」と自信ありげに薄ら笑い浮かべるのに対し「いや、こっちだけグラブつけないでいいことに」と条件を出したら「じゃあ、やめよう」だった。

 とにかく、「相手の土俵に上がる」のは基本的に避けるべきことだ。

 これを訃報で思い出したのだった。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年3月17日
  • 読了時間: 2分

 ロシア軍の特殊部隊スペナッツが苦戦していると伝えられた。

 こうした情報は宣伝戦の一環だから真偽は解らない。ただ、もともとアメリカのグリーンベレーやデルタフォースなども、凄いかのように言われていて実際には大して強くないものだ。活劇映画の見過ぎで幻想を抱く人がいるということ。活劇映画では戦士をボディビルで強く見せかけている。こけおどしの筋肉は三島由紀夫が代表的な例で、このことは石原慎太郎も笑っていた。


 ところで身体を鍛える方法はどうあるべきか。

 もちろん、外見を良くすることもあるが、持久力をつけるためには筋力を鍛えておいたほうがいいことがある。ところが、根気よくやらないので続かない人が多い。これは、マッチョな男性がやっている動画を見て真似するからだろう。それだと、まだ自分ができないのも仕方ないと思ってしまう。

 ところが、美女がやっている動画だと違う。もちろんスタイル抜群の美人は見ていて目の保養になるから続けられるということもある。しかしそれ以上に、一見は華奢な女性が楽々とこなしている運動を自分がやってみたら大変だったとなると、これは恥ずかしいと思って続けないといけないと思うものだ。



 では、女性のワークアウトとかエクササイズの効果は、どの程度か。

 これは、きちんとやれば眼に見えて結果がでる。せっせとやれば、男性もちゃんと腹筋が割れる。これは試してみるといい。暖かくなって散歩したくなるが、ただ歩いて疲れるのは頭がふらつくからで、この原因は腹筋が弱いからだ。鍛えたら散歩が楽しいという程度でいいのだ。それで姿勢がよくなり、すると服を着て恰好が付くし、また同じ態度でも礼儀正しい印象になる。それによって自身の内面も変わってくる。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年12月18日
  • 読了時間: 2分

 ヤクルトスワローズが日本一になったさいのインタビューで、高津監督は「ファンと選手とチームスタッフに、感謝、感謝、感謝、です」と言った。

 これは野村監督を踏襲した言葉だったが、その日本一のさい、高津監督は投手として相手方の西武ライオンズを抑えて勝利していた。


 この時のヤクルトスワローズ主力選手たちが、後に監督として活躍している。

 まず古田捕手が、かつての野村監督のように兼任し、古田捕手より少しだけ年上の栗山監督が他のチームで采配していた。そして少し年下の真中監督に高津監督ということである。

 このたびに「池山監督じゃないのか」と思ったが、色々と事情があるのだろう。


 西武ライオンズにしても、あの時に森監督の体制で主力選手だった人たちが伊東監督に渡辺監督、他のチームで秋山監督に工藤監督ということになっているが「清原監督は無いのか」と思って、ここでも色々と事情があるということだろう。


 主力中の主流選手でも、監督になるかどうかは話が別であるが、ヤクルトスワローズでは初優勝の時の主流中の主流選手であった若松監督が野村監督の後の監督の一人として優勝もしているから、そのうち池山監督もあるかもしれない。

 ところで、ヤクルトスワローズが野村監督で優勝の時、前からいた荒木投手が、あの靱帯修復の名人として知られるジョーブ博士の手術を受けて復帰したが、どうも新しい体制になじめなかったのか、その前にヤクルトスワローズで選手だった大矢監督の横浜ベイスターズに移籍したし、ヤクルトスワローズの優勝にもっとも貢献した広沢選手が球団から失礼なことをされて怒って読売ジャイアンツに移籍したが馴染めず、そのあと野村監督を雇った阪神タイガースに、まるで野村監督を慕うように移籍して活躍した。

 こういうことは他にもあげていたらきりがないけれど、こういう色々な影響があるのだから、名選手と名監督と球団ということは単純にはいかないのだろう。

 
 
 
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