科学万能から偽科学や陰謀論までの批判に流行り廃れ
- 井上靜

- 2022年3月30日
- 読了時間: 2分
「金儲けのために戦争をするなんてあり得ない」
という「トリビア」をひけらかし得意になっている人がいた。ツイッターの匿名アカウントの形であった。これに同調している者がいるなかで、冷静な人は「まだ、そんなことを言っているバカがいて、それに賛同するバカもいるのか」と呆れていた。
これはインターネット初期のころから見かけたことだった。
戦争をしても大した利益にならないし、軍事は産業の一部でしかないので、国としては金儲けを目的に戦争をすることが無いという半端な理屈である。
では戦争の他のことを見たらどうか。
よく言われるのが日本の土建である。
大金をかけて作ったものが大して役に立たず、環境破壊と税金の無駄づかいでしかない。だが、業者は儲かるし、それを公共事業とするように仕向けた政治家は、儲かった業者から政治献金を受け取り、政治資金が豊富となって、政治力を強める。この儲かる業者および癒着した政治家は、国全体のごく一部でしかなく、国全体としては儲かるどころか大損している。
むしろ、一部だけ潤うからこそ、その一部の者だけ力を持てる。それで、国全体としては損失であることに熱心となる。
このため無駄な公共事業でも特に悪質なのが戦争だと昔から言われているのだ。
ところが、相変わらず奇妙な自慢話をしたがる人がいる。
まず、単純にトリビアによって得意がる人がいる。また、為政者は必ず国益を考えているという非現実的な認識のオメデタイ人たちがいる。そして、戦争をするとしたら国益のためであるから、それなのに戦争で儲けたい勢力が存在するというのは「陰謀論」だと言いたいようだ。「陰謀論」という結論が先にあって、そこへ誘導するために言っていそうな人たちもいる。なんせ「陰謀論だ~」と言うのはトレンドだから。逆に「陰謀だ~」と言うのが流行っていた時もある。
なぜか理系であることが自慢の人たちの間では昔から、「科学的」と自慢したり「非科学的」と非難したり、さらに「疑似科学だ~」「偽科学だ~」と叫ぶのが流行った。逆に「科学万能」が非難の言葉として流行した時期もあった。

そういうわけで、たまたま今はインターネット上でのことが注目されるけれど、昔から同じような流行り廃れは存在していたのだ。
いちいち乗っかるのは徒労や無駄でしかない。



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