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石破防衛相の誠意ある行為は自衛隊に迷惑

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 10月2日
  • 読了時間: 3分

 石破首相が防衛相だった当時。

 2008年2月19日、海上自衛隊のイージス艦と衝突した漁船が沈没し、船長の吉清治夫さんと長男の哲大さんが死亡する事故があった。

 このあと石破氏は毎夏のお盆に線香をあげに訪問している。最初は不信感を持っていた遺族も、石破氏の誠意を受け容れ、一緒にバーベキューをしたりと交流が始まった。

 このように、もともと石破氏はタカ派の政治家だが、自衛隊が国民から不信を持たれないよう誠心誠意の努力をしてもいるので、そこは高く評価されてきた。


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 ところが、こんな石破氏を非難する人達もいる。

 このようなことを防衛相がすると、自衛隊の非を認めたことになってしまう、というわけだ。非があるのは誰かとは別に、国民を守るべき自衛隊が国民を殺めてしまったことを何より重く見て、責任者として遺族にお悔やみを言いに行ったのだが、このことを「部下を守らない」と非難する。

 こういう発想は自衛隊に根強いが、もちろん警察や検察といった司法など他の公的機関にもある。排他的組織の特徴である。司法では、裁判所ももちろん、在野の弁護士会でも同じである。メンツとかコケンとかにかかわるという発想もあるし、そうではなく自分らは偉いから間違わないという妄想に囚われていたりもする。

 これを皮肉って「謝ったら死ぬ病」と、誰が最初に言ったかは不明だが、よく言われているのは周知のとおり。


 自衛隊の場合は、もう一つある。

 それは自信が無いからだ。前にここで、平和憲法に守られている最たるものは自衛隊の体面であり、これは皮肉ではない、と述べた。憲法の制約があるので出来ないと言うのは、自衛隊の不満ではなく、おかげで恥をかかずに済んでいる、というのが正直なところである。それくらい、能力に難があるから、制約がなくなったからやれと言われたら困ってしまう。やれば必ず失敗するから。これは予算が多くても金をかける点が外れているからで、組織の構造に欠陥がある証左である。

 だから今の時点でも、やって失敗している。


 それで失敗を反省し向上できるわけでもない。

 その能力も意欲も不足しているし、それ以前に失敗が多すぎて、それをちょっとでも認めたら失敗ばかりである実態が露呈してしまう。

 だから隠蔽したり居直ったりするのだ。そうでもしないと自己崩壊してしまう。このことは防衛医大の低水準にも表れている。全国の国立大で最低最悪の国立病院という評価は昔からだが、そこから脱することができない。自衛隊には、優秀な人材が集まらず、たまに優秀な人がいても組織内でスポイルされる。これにより「謝ったら死ぬ病」になる。

 それで、石破防衛相の姿勢は立派なはずなのに、それでは困るから非難する人たちがいるのである。 

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