最高裁判事国民審査の投票用紙は受け取らないこと
- 井上靜

- 2021年10月20日
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選挙と同時に最高裁判所判事の国民審査がある。
これは、解らないから何も記入しないで投票箱に入れると信任したことになってしまう。このやり方に怒って全員に×を付ける人たちがいるけれど、ほんとうに全員を不信任だと考えるならそれで良いとしても、あまり現実的ではない。誰にとっても全員が駄目ということは殆ど有り得ないからだ。
それに、解らないから信任も不信任もしないという場合は、投票用紙を渡されるさい棄権すると言って受け取らないことになっている。

また、自分では解っているつもりの人たちも、危ないことを言っている。
今回は、選挙で選択制夫婦別姓が争点の一つになっていることも影響してか、過日に最高裁であった夫婦同姓の強要は合憲か違憲かの意見によって、判事の信任か不信任を決めようと言う人たちがいる。つまり、自分の考えと合っていない最高裁判事を辞めさせようということだ。
これだと、夫婦別姓に絶対反対の人たちが復古主義的・封建主義的な宗教団体を通じて組織的な投票をして、夫婦同姓の強要は憲法違反と言う判事を不信任で辞めさせることにもつながるし、他にも例えば死刑制度は違憲であるという意見の判事に対して、感情的な人や血に飢えている人やファシストが大勢で不信任をして辞めさせることにもなり、刑罰の集団リンチ化につながる。
だから、主観的な正義による投票は政治では良くても司法では良くないのだ。
では、他の判断材料はあるかというと、あっても一般的に不明なことばかりである。そもそも国民審査なんてものは無理なことで、そんなことは承知のうえで民主的な制度があると見せかける偽装・詐欺の制度なのだ。
どうやっても誤った結果になるし、誰だって判断しようにも解らないし、解っていると思っている人たちは勘違いしているのだから、棄権しかありえないのだ。投票用紙は受け取らないことである。



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