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弁護士という職業は社会に必要なのか

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年8月18日
  • 読了時間: 3分

 「メンタリスト」がYouTubeで差別発言したことについて、米山もと新潟県知事は、社会に必要な人と不要な人と言っている人の肩書「メンタリスト」こそ、社会に必要なのか疑問だとしたうえで、自分で資格を持つ弁護士だって果たして社会に必要か疑問があるとTwitterで指摘していた。


 前に法律相談をした弁護士の女性がひどい無知で、それが一般常識はもちろん、それ以上に法律的にも御粗末だった。

 この人はベテランそうでいて、チマチマした手続きを代行するのが主な仕事らしく、丁々発止とやり合う仕事は体験が無いようだった。その時は呆れたが、そんな弁護士はザラにいるので、怒っても仕方ないと諦めた。

 こんなヘボ弁護士を雇うのは無駄どころか有害であることはもちろんだが、ここまでヘボでなければ自分より無知でも客観性という点で有益ではある。


 かつて話題になった『フィラデルフィア』というハリウッド映画で、主人公の弁護士は、差別で不当に解雇されたと元勤務先の大手法律事務所を訴えるさい、個人事務所で庶民的な案件ばかり扱う弁護士を雇う。相手が大きくて差別問題もからむため他に引き受ける弁護士が居なかったからだが、しかしキャリア的に格下の弁護士でも、客観性が必要だからだ。

 これと同じで、訴えられた大手法律事務所も、大勢の弁護士が所属しているのに、他の法律事務所から優秀な弁護士を雇う。

 そして法廷で原告は、HIV感染のため解雇されたと主張し、これに対して被告の法律事務所は、感染には気づいていなかったと反論する。ここで、病気であることは皮膚を見れば症状が現れているからハッキリ判るから、証人席でシャツを脱いで見せることになる。



 すると、メアリースティーンバーゲン扮する被告側の聡明そうな女性弁護士が「異議あり!陪審員に予断と先入観を持たせることです」と言うと、デンゼルワシントン扮する被告側の庶民的な弁護士が「では、車椅子の証人だったら、陪審員に予断と先入観を持たせるから車椅子から降りろと言いますか!」と反論し、この反論が裁判官に認められてトムハンクス扮する主人公がシャツを脱ぐと、ひどい発疹であったから法廷内の誰もがビックリして、これで気づかなかったなんて空々しい弁解だと陪審員は思う。

 これは法廷ドラマそれもハリウッド映画だから、アカデミー賞スターたちの熱演によって劇的すぎる展開となる場面だが、それを差し引いて、客観性の大切さが解るというものだ。


 例えば、普通にある日本の裁判でも、調書に明確に残すべきことは、反対尋問では誘導が許されているので、弁護士が「これは~の意味ですね」と質問し、原告または被告が「はい」と言うなど、そんなやり取りをするものだ。

 だから、客観性ということで弁護士がいた方が良い場合がある。そうでなければ弁護士は不要である。つまり、弁護士を雇う時は、その知識は大事だが、それ以上に、一歩引いた客観視と、それに基づき気を利かせられるか、ということが肝要である。



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