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川内博史議員とその支持者の誤認識

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月13日
  • 読了時間: 3分

 参議院議員選挙で外国人規制の公約を掲げる保守政党が相次いでいる。

 これは「保守票」の獲得を意図した奪い合いのためで、そうなると過激さを競い合い排外主義に至る恐れがあると指摘されている。そういう報道がある。

 これに対し、排外主義や差別主義を標榜するのは保守ではないという反発もある。例えば川内ひろし(ポスター表記)議員のように野党で保守の人(学生時代は右翼学生政治サークルの老舗である早大雄弁会に所属)およびその支持者たちである。


 果たして「保守を隠れ蓑にしたファシズム・ナチズム」の問題なのか。

 これは明確に間違いである。川内議員とその支持者から嫌われている左派の認識では、日本人は伝統的にファシストであり、これは思想史の関廣野などが何十年も前から説いてきた事実でもある。   

 また、神道と仏教は全体主義と差別主義の温床であると同時に、その全体主義と差別主義を大衆に強制する役割を担ってきた。もちろん権力と癒着して、権力の意を受けて。

 したがって、日本においては差別主義と排外主義こそが保守であり、人道主義は「反日」である。


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 この伝統的な日本の価値観を抑制するのが日本国憲法である。

 だから、日本国憲法が基本的人権の尊重を謳っていることこそを保守派が嫌悪・憎悪しているのだ。このさい保守派は、日本国憲法とはアメリカが近代欧米的価値観を押し付けようとしたことが影響していて怪しからんと言ったり、アメリカ人が監修で読むなどの事情から最初は英文で書いてあって後から日本語に翻訳したことを曲解して、アメリカ人がアメリカで勝手に作ったものの英文和訳だとデタラメを言ったりまでしている。

 それくらい、保守派からすると日本的価値観ではないと感じる内容なのだ。そして護憲とは外国勢力の陰謀だと叫ぶし、統一協会のような外国の宗教でも、封建制度みたいなことを言っている分には日本的だと錯覚して寛容になる。


 こういう認識は当たり前のことだったはずだ。

 ところが、保守で良識派とかリベラル派とかカッコつきで記載される人たちが、自分自身に対する誤った認識によって、保守とは差別主義や排外主義ではないと言い出した。日本において、保守だけど良識派とかリベラル派とかは受け容れられていないのに。それでいて、保守派から左翼だと言われると反発するという滑稽なことになっているのだ。自分は保守で、左翼とは共産主義者などのことだと思い込んでいるから。

 これを彼らが一向に改める気が無いのは、川内議員とその支持者らのような人たちが、日本を根本的に誤解しているからである。  


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