女性自衛官の性暴力被害と同じ日の判決
- 井上靜

- 2023年12月16日
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12月12日。
この日は、女性自衛官への性暴力被害の判決があった。その一方で、警察が追及されていたことに関連する裁判の判決もあったのだ。
警官の十代少女に対する権力を笠に着た性暴力が問題になっていた。そうしたら、マスコミに取り上げられないよう隠蔽するため裁判官は傍聴を排除していたという事件である。
東京地裁地裁に続き高裁も荒唐無稽な正当化をしたのだった。
ある意味より深刻なのだが、報道されない。後で知って記事化は躊躇しているというメディアがある。

判決は、先に予告したとおりである。
だから、上告状を予め作成しており、直ちに提出した。それにしても、裁判官の非常識には、来ていた人たちが怒っているというより相変わらずなので呆れていた。
同じ裁判官の別件では、公安の不正が追及されていたが、これも控訴棄却であった。この三角比呂という裁判官は、権力に媚びる度合いが酷いようだ。このことは、双方の判決言い渡しの後、裁判官の廊下で話題になった。
さて本件の判決の方である。
前に報告したとおり、また傍聴席にいた方は直接に観察していたとおり、弁論を開いたものの、弁論は全く行われず、そのまま判決すると一方的に宣言した。傍聴席からは、あの沖縄の辺野古の裁判とまったく同じだと呆れながら言った。
そして、鈴木秀夫が憲法82条に規定される公開裁判について、傍聴席に傍聴人を入れなかったことについて、猫一匹入れなかったとまで断定する証拠が無いというものだった。これは具体的に言うと「偶然に居合わせて強引に法廷に入って来る人が居る可能性まで否定する証明が必要」という荒唐無稽なことで、俗に言う「悪魔の証明」を求めるものだ。
しかも、当時者が支援者と議員や記者その他に問題意識を持つ人たちに呼びかけて、関心を喚起したり支援を呼びかけたりすることを裁判官が妨害しても、上記の到底あり得ないことを想定して、それによって公開裁判であるから合憲であると言う三角比呂裁判官。
そもそも憲法82条は、権力によって公正さを妨げられないための公開規定であるだから、違憲は明らだ。それなのに、よく裁判官は、恥ずかしくもなくデタラメを文書に出来るものだ。
これは身内を裁くよう求める裁判である。
もともと、兵庫県警東灘区警察署の田中信警部補による暴力が追及されていたところ、これを隠蔽するためだと鈴木秀夫裁判官が自ら言っていたし、証人もいるのだ。
しかし裁判で追及しても、裁判官に公正な訴訟をさせることは最初から望めない。陪審員制度でもないと無理である。他のことなら難しいけれど可能性はあるけれど、警察が絡むと希望は微かである。
そうだと弁護士は全員が言う。言わない弁護士は居ない。
しかし訴訟は無意味ではない。
本件のように明らかな不正をした裁判官は、だいたい、それで訴えられることを予想していない。しかし訴訟は時々ある。それで裁判官を裁判官が裁くことは殆どなく、稀に有っても二審で否定されるというのが過去の例である。
しかし面倒なことであることに変わりない。それで最初の原因を作った裁判官は、法で裁かれなくても出世競争で身内から足を引っ張られる原因になる。過去に例がいくつもあるし、退官してからは悪い評判によって余程の厚顔無恥な性格の者でも嫌な思いをして、身体の具合が悪くなってしまうものだ。
そうなる前にどこかの首相と同じクソメガネの三角比呂は裁判官を辞めたほうがいい。だいたい、司法試験どころか学部の卒論でも不可を食らう低水準である。まったく、こっちの方が法的な知識が豊富だと見せられる楽しい機会である。
「兵庫県警東灘区警察署の田中信警部補が、権力を利用して十代の女性に強制猥褻しようとしたから、令状もなくガサ入れした」
という疑惑について、最初の訴訟で名が出た女性の弁護士が動機を指摘したさいは信じない人が殆どだったのに、この疑惑が出たとたんに裁判官たちの隠蔽があったことから本当ではないかと言い出す人が激増した。
よって、そう思われて警察は不快であるとしても、自らが最初に原因を作ったのであるうえ、次の原因は裁判官なのだから、女性の弁護士ではなく東京の裁判官たちを恨むべきである。



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